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善法寺伊作と名乗ったその人は、あたしが今、ここにいるその訳を丁寧に説明してくれた。

「つまり、あたしはあんたに助けてもらったってこと?」
「助けたなんて、恐れ多いですけれど…」

お粥を食べながら話を聞いていた私は、謙遜する善法寺伊作を観察していた。ふわふわの髪、意外としっかりした体つき、誠実そうな眼差し。いかにも人がよさそうなこの人の言うことを、どこまで信じていいか分からない。

「貴方様は、どこまで覚えておられます?」
「え。…えーと」

どこまで覚えてるって…?あたしは食べ終わった器を布団のわきに置き、これまでの出来事を反芻してみる。迫りくるトラック、体に受けた大きな衝撃。それから出会った光は瞬いて、あたしを空から落っことしたけど。

(そうか。あの時空から落ちて…それで、この人に拾われることになったんだ。あれは、夢なんかじゃなくて…本当に、起きたことだったんだ)

つまり、あたしは一度死んでいる。そう思うとぞっとして、無意識に腕をさすった。鳥肌が立った体に、ふわりと何かがかけられる。見れば、善法寺伊作が、私に着物をかけてくれている。思いがけない優しさに、一瞬たじろぐと、彼は申し訳なさそうにした。

「すみません。なにか、ご事情がおありだったんですね」
「え?」
「とても辛そうなお顔をされたので…違いましたか?」

肩の着物からは、なにか漢方みたいな、草っぽい薬の匂いがした。正直、くさいと思った。あたしはそれを、ギュッと握りしめる。薄暗い部屋、知らない景色、天女様だ何だと、祭り上げられているこの現状。握りしめる手が震えてる。

「…元の所に、帰りたい。お父さんやお母さんに、友達に会いたい。…あたし、もう、戻れないの…?」

言いながら、目からぽろぽろ涙が出ているのが分かる。それを拭おうと目をこすっても、次から次へと流れてしまう。こんなの、みっともない。心から、そう思うのに。

「天女様といえど、望郷の心は、我々と同じなのですね」

俯いた頭に、大きな手がいたわりをもって乗せられた。それから、左右にゆっくり撫でられる。

「どうしたら空に帰れるかは分かりませんが、これからのこと、一緒に考えてみましょう。どうか、元気を出してください」

彼はそう言ったきり、なにも言わなかった。黙って、泣き続けるあたしを撫でてくれた。だけど、こんなに優しくしてくれるのに、あたしが求めているのはこの人ではなかった。会いたい人には、もう会えないかもしれない。それが辛くて、寂しくて、世界でひとりぽっちだと、思いながらあたしはただ泣いた。

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