※名前変換がありません
実習からの帰り道。僕、善法寺伊作は学園の近くにある、小さな村に身を寄せた。そこでお茶を飲んだりうどんを食べたりして休憩していると、なにやら外が騒がしくなったのを感じた。
「どうかしましたか」
「お坊様!大変です。あちらを」
店の外へ出て、できている人だかりの方へ足を向ける。その中の一人に声をかけると、その人は空を指さした。僕は笠を傾けて、そちらを見やる。今日の天気は曇りだ。しかし、その曇り空のなかから、一筋、光が差していた。
「…!」
その光から、なにか大きなものが落下している。一瞬鳥かと思ったが、違う。あれは、
「人だ!!」
空から人が落ちている。それは、衝撃的な光景だった。周囲の人々は驚き、戸惑い、脅えているように見える。みんなが固唾を飲んで見守っている中、その人物はみるみる地面に近づいて、山の奥、木々の向こうへ消えて行った。
「なんだろう、物の怪だろうか…」
「空を飛んでいたから、天狗かしら」
「いや、落ちていたのは、おなごに見えたぞ。まさか…天女?」
ざわざわと、様々なうわさが飛び交い始めるのを眺めながら、僕は考えた。
(これは…ちょっと良くない傾向かもしれない)
「あ、お坊様。どちらへ?」
村の外へ向かって一歩踏み出すと、村の人が尋ねてきた。
「様子を見てきます」
「ならば村の若い衆をおともに…」
「一人で大丈夫です。それでは」
申し出をやんわり断って、僕は駆けだした。
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(多分、この辺だと思うのだけれど…)
枯れた冬の枝を手で払い、がさがさと獣道をかき分けて、遠目で確認した場所へ進んでいく。すると、少し開けた場所に出た。
(!いた、この子だ…)
倒れていたのは、少女だった。ちょうど僕と同じくらいの年頃で、だけど不思議な服装をしていた。とにかく黒い着物で、裾が太もものあたりしかなく、奇妙なヒダがついている。そんな彼女は、落ちてきた影響だろうか、気を失っているようだった。僕はそっと近づいた。
(…まったく怪我をしていない。あんなに高いところから落ちていたのに)
彼女の体を点検して、僕は空を仰ぎ見た。どんよりと曇った空には、高く伸びた樹木がおおいかかるようにして茂っている。あれを潜り抜けるだけでも、傷が出来そうなものだ。
(さて。この子をどうしようか)
怪我はないからいいものの、意識がない少女を山の中に放置するのはいただけない。となるとどこかへ連れていくことになるのだが、その行先を、僕は決めかねていた。
(さっきの村に連れて行ってもいいけれど…)
この子が落ちてきたときの、人々の反応を思い出す。物の怪、天狗、天女。人ならざる物の表現を使われてしまった彼女を、あの村に連れていくのは、なんとなく良くない気がした。それは思考というよりも、勘に近い感覚だ。だけどそれを信じた僕は、少女を抱えて、山を歩き出した。