煌めき

暑い。何度目かも分からない言葉を紡いだ後、漸く文次郎は重い腰を上げた。

夏休みも折り返し地点になり、日頃の喧噪が嘘のように学園内は静まり返っていた。下級生達は殆ど帰省し、残っている上級生もそれぞれ思い思いの時間を過ごしているのだろう。時折、恐らく留三郎から発せられるのであろう金槌の音や、また落とし穴に落ちたのか、伊作の悲鳴が遠くに聞こえる。そして文次郎が腰を上げた理由は、すぐ近くから聞こえる水音にあった。

少しでも風が通るように開け放たれた戸から顔を出すと、此方に背を向けた仙蔵が水を撒いていた。力なく横たわる文次郎に「情けない」と一言残し部屋を出て行き、つい先程戻ってきたかと思えば「打ち水をする」とどこか楽しげな表情で縁側から庭へ下りた仙蔵は、規則的な水音と共に桶の中の水を減らしていた。その涼しげな音に引き寄せられるかのように文次郎は縁側へと足を踏み出したのだった。



「よくこんな所で…」

室内も充分に暑いが、外はねっとりと絡みつくような熱気に溢れていて文次郎は思わず眉を寄せた。このような場所に長時間居ては脱水を起こしてしまうだろう。文次郎は柱の日陰になっている場所を目敏く見つけ、そこに腰を下ろす。胡座をかいて腕を組むと、文次郎に気付いた仙蔵が振り向いた。

「なんだ、やっと出てきたのか。暑さなんぞにやられおって、みっともない」

「…うるせ」

小馬鹿にするように笑う仙蔵の相手をする気力もなく、文次郎は僅かに目を細めた。眩しい。突き抜けるような空の青が、差す日射しが、そして日射しが反射する仙蔵の肌が。やけに鮮明な景色に目眩を覚えて文次郎が眉間を揉む。その様子に仙蔵は可笑しそうに笑みを浮かべた。

「わざわざ出てくることもないだろうに。律儀な奴め。戻っていても良いぞ」

そう言うなり、また仙蔵は背を向けて打ち水を再開した。

「いや…此処で見てる」

深い息を吐きながら文次郎は仙蔵の背中に言葉を投げ掛けた。仙蔵は此方をチラリとも見ずに、片手を挙げて応える。揺らぐ陽炎の所為かはたまた仙蔵の放つ眩しさか、またくらりと目眩で視界が狭まる。景色がやけに煌めいていた。

真っ青な空に入道雲の浮かぶ、何て事のない日常の話である。


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季節はずれも甚だしいけど、割と好きな作品なので載せてみました。
仙蔵は白いので眩しそうだな、と…打ち水が好きです。
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