この先も
3.11

夢の中で幾度となく同じ景色を見た。押し寄せる敵陣の武将達、地を舐めるように這う火炎、その中に俺は佇んでいる。そこで俺は伊作を探している。叫んで叫んで、傷だらけになりながら、声を枯らして。結局見つかることはなく、汗だくになりながら朝に目を覚まし、夢でよかったと胸を撫で下ろす日々。起きている時よりもよっぽど体力を消耗するし心にも疲労が溜まる。そのせいで、最近は極力眠らないようにと癖がついてしまった。眠気に襲われれば鍛錬に赴き、それでも眠気が飛ばない時は致し方なく自分を傷つける時もある。そのせいで俺はどこかの鍛錬馬鹿のような隈をつくり、身体は傷だらけだ。最悪だ。


「留三郎、今日も眠れないのかい?」

深夜、いつものように敷いた布団の上で膝を抱えていると、衝立の向こうから伊作の声がした。伊作には夢の話はしていない。しかし察しのいい奴だから、とっくに気付いている筈だ。散々うなされて飛び起きる時、伊作はいつも俺の枕元で座りながら俺を心配そうに見つめている。夢の内容を聞いたりしないが、「大丈夫だよ」と一言、ゆっくりと告げ柔らかく微笑む。そこで俺は初めて呼吸が出来るのだ、嗚呼生きている、と。

「眠れない訳じゃねぇよ、でも眠りたくはないんだ」

自分の発した言葉が余りにも覇気がなくて、自分でも驚いてしまった。卒業前のこの時期、重要な実習も多くうかうかしていられないってのに。くそ、どうして、こんな夢を。

「…留三郎は、悪夢を見てるんだろう?君が自分から何も言わないから、僕も詮索したりしないけど、何か不安があるなら、吐き出してもいいと思うよ」

ゆっくりと、ゆっくりと。こいつはいつもそうだ、大事な話ほど一言一言噛みしめるように、その都度言葉を選びながら、真っ直ぐに紡ぐ。俺はその口調に弱い。伊作の顔が見えないから尚更、コイツのどこまでも深い慈悲に、縋りたくなる。

「…大切に大切にしていたものが、なくなるんだ。探しても見つからない。それまで当たり前にそばにあったものなのに、なくなるんだ。」

静かだ。世界に、伊作と俺が二人だけ取り残されてしまったのかと思うほどに。

「それは夢の中で結局見つからない。…現実でも、起こりそうで、怖いんだ。自分が弱っちいこと言ってるって分かってるけど…なんつーんだろうな、失うことが怖くて、俺は仕方ない」

「大切なものが忽然と消えてしまうなんて、それは誰にとっても恐ろしいことさ。留三郎、君だけじゃない」

凛とした声が返ってくる。伊作が衝立を押しのけて、空気が揺れ動き、俺たちは少し離れた場所で向かい合わせになった。布団の上で、いい歳した男が二人、膝を抱えて向かい合う。滑稽なことだ。…俺が失うことを恐れる、滑稽で愛すべき空間だ。

「特に僕たちの職はそうだろ。いつ命を落とすかも分からない、どれだけ守りたくても守れない確率の方が圧倒的に高い」

「伊作」

「僕はずっと、自分が年老いて最期の時を迎えるまで、留三郎と笑っていたい。でもそれは、とても難しい。奇跡みたいなことだ」

「…伊作」

「今まで留三郎と歩んできた六年間も奇跡みたいなもんだ。今こうやって向かい合って喋っていることも、明日の朝食を食べられると信じて疑っていないことも、全部、全部。僕はこんな奇跡みたいな今を精一杯生きたい」

「いさ、く…!」

気付けば俺は布団から離れ、掻き抱くように伊作に縋っていた。コイツは、やっぱり、天の使いなのだろうか。俺の欲しい言葉を次々と紡ぎ出していく。そうか、奇跡か。奇跡やら運命やらは信じてはいない。しかし確かにこうして腕の中に伊作を抱けるのも、こうして生きているのも、奇跡のようなものだ。実習中に命を落とした同級生など、充分に見てきた。

「留三郎、大丈夫。なくすのは怖いね、だけどそれを怖がるよりも、今をちゃんと感じて。君は生きてる、僕も君の腕の中にいる。そして、もし離れ離れになる時が来たら思い出して。僕たちが共に、確かに此処に生きていたことを」

涙が止まらなかった。不安が全部融けて目から溢れていく。溢れて溢れて、伊作の白い頬にぱたぱたと落ちる。それすらも、奇跡のように、綺麗だと思った。

「伊作、ありがとう」

「君とこうして過ごしてる今が幸せで、過ぎるのが惜しいな。僕はなんて幸せな人生を送ってるんだろうね」

一秒一秒が奇跡なんだから、と笑う伊作。いつか離れ離れになる時に、俺はきちんとその先の時間を生きようと思えるだろうか。分からない。それでも、今この瞬間をおざなりにせず大切にすれば、きっと大丈夫だ。きっと、大丈夫。

今夜はぐっすり眠れそうだと、大きく息を吸った。生きている、と実感したのは久々だ。

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3.11から3年。大切なものをいきなり失う恐怖は計り知れないものがあると思います。どうかどの瞬間も無駄にはせず、奇跡だということを忘れないように生きていきたい。
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