例えばの話をしよう。
これは例えばであって、唯の例に過ぎない。もしかしたら逢うような逢わないような出来事であって必ずしも誰もが遭遇する話ではない。だから例なのだ。そしてそれを踏まえて話をしよう。
もし、目の前に自分と同じ人間がいたとする。ああこれは“もしも”の話にカテゴライズされると思うが細かい事はこの際どうでもいい。此処で最初の話に戻るがもし目の前に自分そっくりの人間がいたとしたならば、普通一般の人間ならドッペルゲンガーみたいな現実にいないモノを思い浮かべて恐れ慄くか、興味を示すか、無関心かのどれかだろう。
まあ、実際にそう最初から知った上での例えばの話だからこれを聞いた人間がどう思い考え思考するかは俺の知ったこっちゃないといった事だ。
唯、この話をしたのだから理由があると言えばある。
理由は、
「いざやくん!」
俺の目の前に、俺とそっくりの人物が、笑顔でのしかかってるからだ。
「…サイケ、俺は仕事中なんだ」
「やだやだやだあ!かまって!!」
その俺と同じ顔の人物は、絶賛仕事中の俺の膝に乗っかり両腕を回して抱き着きながらまるで子供の様に駄々をこねる。
正直膝の上でぴょこぴょこ跳ねられるのは結構辛いものがある。
それに彼から紡がれる言葉は同じ声質なのに舌ったらずで、やっぱり子供を連想させるのだから似てる自分としては思うとこもあるものだ。
「我が儘言わないの、終わったら構ってあげるから」
「やだやだやだぁ!!」
「サイケ、」
「だって!」
「?」
「いざやくん、仕事おわったらしずおさんのといっちゃうもん!」
宥める様に紡いだ言葉にも、サイケは頭を左右にブンブンと振り聞き分けのない子供染みた声を出す。流石に口をつく溜め息。これでは全く仕事が進まない、今日は波江さんも来てないから俺が直に進めなければならないのに、はっきり言えば昼間を回ると言うのに全然進展がないのだ。
もういい加減、と僅かな苛立ちを混ぜた声を出した瞬間、サイケがガシリと俺の肩を掴む。
思わず見上げたら、寂しそうな瞳と視線がぶつかった。
「…サイケ」
「いざやくんが、しずおさんが好きだってわかってるけど、おれだってまけないくらいいざやくん好きだもん!」
掴まれた肩が不意に引き寄せられ目を見張り、え?と声を発する前に、冷たいサイケの唇が俺の唇と重なる。
一体何処でこんな行為を覚えたんだとか、今考えるには不相応な事を頭の隅で思考しながらも、まるでフリーズした様に俺の身体は動かなくて、目前でピンク色の瞳を揺らすサイケの姿を見詰めた。
「……ふ、」
「ぷはっ!…いざやくん、あまいね」
暫くして離され、僅かに酸欠状態の肺へと空気を流し込む。それはサイケも同じだった様子で俄かに頬を赤らめ肩を上下に揺らした。
落ち着くと同時にべろりと出される赤い舌に、自分と同じ顔の筈のサイケに対してドキリと鼓動が打たれる。どちらかと言えば甘いのは先程迄飴を舐めていたサイケの方なのだが。
俺は観念して吐息をつく。
「分かったよ、サイケ」
「え…?いざやくん?」
「今日の仕事は終わりだ。これでいいんだよね?」
「……っ!いざやくんだいすき!!」
感情に従って衝動的に抱き着く力を増させたサイケの笑顔を一瞥して、俺はぼんやりと無表情に淡々と言葉を紡ぐであろう自分の助手を思い浮かべて苦笑した。
まあ、仕方ないか。
(いざやくんもういっかいキスしたいっ)(だーめ、お前の口甘すぎ)(えー…やだやだやだぁ)(……はあ、)end
なにコイツら、まじ百合ですね´`