残り香

※発言が少し下品。


臭い。と、一言投げつけてくる黒ずくめの男にチラッと視線を投げかける。
「・・・・ああ、ごめんよ。気づかなかった。」
私はそう言いながら眼鏡を外して、見ていた資料を机の上に放り出した。そして、灰皿の上で燻っていた煙草を完全にもみ消す。

「広間に来る時は臭いを消してこい。」
「ああ、そうさせてもらうよ。じゃないとマクゴナガル教授に小言をもらってしまう。子供にも悪影響だ。」
ははっ、と笑いながら私はもう一つ椅子を出してスネイプに進めた。
しかし、彼は私の気遣いなどお構いなしに立ちっぱなしで私を見下ろしていた。

「なぜわざわざ悪影響しか生まぬものを愛好するか理解に苦しむ。」

スネイプは私の部屋に足を運ぶたびに煙草に対して苦言を漏らしていた。
勘弁してくれ、と私は笑う。
「悪いってわかってても欲しくなっちゃうもんだよ。」
「・・・依存性があるのは知っている。だが、わざわざ毒を体に入れること自体に抵抗はないのかね。」
「ないね。」
きっぱり、と私は笑う。

「今更、なくして怖いものなんてないさ。それこそ健康なんて。」

静かにそう言葉を落とせば、スネイプは冷たい目で私を見た。
「人間、いつかは死ぬんだ。生きてる間に好きなことしたってなんら悪くないよ。」
「・・・・・。」
「だから私は酒も飲むし、タバコも吸うし、セックスもする。」
ニッ、と笑えばセブルスは怪訝そうな顔をしたのちにまたため息を吐いた。
「見境ないやつだ。」
「選択はするさ。酒は美味しいほうがいいし、体の相性も合う人間とするほうが楽しいだろう?」

私の下品な言葉にもスネイプは動じた例がなかった。

杖を振って、すこし煙い空気を通気口から部屋の外へと逃がす。
それでも、こびりついた臭いは消臭魔法をかけなければ消えることはないだろう。
「・・・・今のお前を見たら、なんと言うだろうな。」
独り言のようにそう吐いたスネイプの視線は、私の部屋の本棚のところに置いてある写真盾に向かっていた。


「くだらないね。」
私はそんな綺麗ごとのようなスネイプのセリフを嘲笑った。

「死んだ人間がどう思おうが私の知ったことじゃないよ。私は生きてて、アイツは死んでるんだから。」
「悪いとは思わないのかね?」
「何が?」
きょとん、という顔をしていたに違いない。私はセブルスを見た。彼はまるで言葉が重い、とでもいうかのごとく唇をゆっくりと動かした。私は、声が聞こえるのを待つ。

「わざわざそんなもの手元に置いて、それでいて節操なしとは。」
「他の男といちゃついてるのをなんでわざわざ見せつけてるかって?」
私が楽しくそう口に出せばセブルスは「悪趣味だ。」と一言落とす。
「それとも自虐趣味でもあるのかね?」
黒い目を見て私は首を振った。
「そんなもん嫌がらせにきまってるじゃん。」
「・・・・。」
「私に黙って勝手に死んだんだから。」
はっはー!と高笑いしてそのテンションのままで煙草に火をつける。

セブルスはそれを睨むけれど、言及はしない。

「アンタも、生きてる間にやりたいことはしたほうがいいよ。」
「余計な世話だ。」
「うん。違いない。」
私は頷いてふぁ、と白い煙を吐き出した。立ち上る白煙にセブルスは「お前のしたいことは本当にそれなのかね?」と不思議なことを聞いてくる。

「なに?今日はやけに突っ込んでくるね。」
いつもだったら「勝手にしろ。」と出ていくのに。
私が首を傾ければ、セブルスは眉を動かす。器用な奴だ。

「ああ、私が心配?」
思いついたことをそのままに言えばセブルスは窓の方までつかつかと歩いて行って窓を全開にした。ひゅう、となま温かい風が入り込んでくる。
けっこう乱雑な音をたてたものだ。
「年度の最終日に窓を壊さないでよ?出ていく前に仕事が増える。」
そう愚痴を吐けばセブルスは「なぜ」と唐突に言った。

なぜ?
なぜ?
なぜ?

「呪われてるんだって、この席はさ。」
「・・・。」
「DADAの後任はもう決まってるから安心だろ?今度はおじいちゃん先生だけど。」
「みょうじ、」
「残念だったね、スネイプ。まだ君はこの席には早いんだって。」
クスクス、と笑えばスネイプの眉間に皺が寄る。おお、怖い顔してる。

「一年間だけだったけど、アンタと一緒に働けて楽しかったよ。なにせ退屈しなかったからね。」
「我輩には気苦労しかなかったがな。」
「またそんなこと言って。案外楽しかっただろう?」
「随分とお気楽な1年だったようですな。」
「まぁ、良い思い出にはなっただろうね。」

私はチェアの背もたれに体を預けた。

「この城ともあと数日でお別れと言うのも寂しい話だ。」
「・・・なぜ出ていく。」
「世の中にはそうしなきゃいけないこともあるんだよ。それに、この職は呪われてるんだ。きっとそういう運命だよ。」
運命、などと自分で口に出しておいて思わず笑ってしまう。
そんなもの信じてなどいないのにさ。
スネイプはいまだ納得いかないような顔をしていた。

「煙草すっていい?」
「ダメだ。」
シガレットケースを振れば、一刀両断されてしまった。
「煙草よりも刺激臭のする薬品調合してるくせに。」と、私が呟けば彼は私を睨み付けるのだった。
「・・・・スネイプは、いつまでこの学校にいるつもり?」
「・・・さぁな。」
「子供好きじゃないくせに。あんただったらいくらでも研究所に入れるよ?」
「貴様には関係あるまい。」
常々、不思議に思っていたことの答えは最後の最後まで謎のままになる模様だ。


カチャッ、とマグル製品のライターを弄ぶ。
物珍しげにそれを見つめながらセブルスは「この後はどうするつもりだ?」と訪ねてきた。
「帰るよ、いるべき場所に。」
「修道院にでも入る気かね?」
「まさか。私はどんなに頑張ったっておしとやかなシスターにはなれないよ。私なんかに仕えられても神様も迷惑する。」
なにしろ、ヘビースモーカーだからね。

「人を喪うって大変だよ。まったく。」
「みょうじ、お前・・・、」
「置いて行かれた人間の気持ちも考えてほしいものだね。」
「随分しおらしいことをいうな。」
「そりゃあ、もうすぐお別れだからね。」
視線だけで、セブルスは「誰と?」と訪ねていた。

ホグワーツと?我輩と?生徒と?それとも・・・。

「この世と、かね?」
その一言に私はニッ、と笑って見せた。
「近いけど、はずれ。」
「馬鹿なことを考えないことですな、」
「そりゃあスネイプ、アンタもだよ。」
「なんだと?」
「もっと、自分を大切にしてあげなよ。」
そう笑って、私はスネイプの左手にするりと指を絡ませた。スネイプは眉を動かして私を見下ろしていた。

「私は、あの人がいないこの世界にはようがないけどさ。せめて、あの世に行けるまでは自分の好き勝手してやるさ。」
そう笑えば、スネイプは何とも言えない表情をしていた。
そして、私が両腕を広げて「さよならのハグは?」と尋ねれば頭をはたかれた。
「誰がするか。」
それが、私とスネイプの最後の会話だった。


数年後、ロンドンの町のポスターの中には美しく着飾った私がいることになるのである。
「なんだこれは。」
「え?今マグルの世界で人気のモデルさんだよ。綺麗だろう?」
新任のルーピン教授が持っていたポストカードを見て、スネイプは呆れたようなほっとしたような顔をしていたのは誰も知らない話である。


*スネイプとDADA教授夢主。
恋人を失った彼女は、魔法界を捨てたとさ。

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