いやよいやよ

◎ドラコ視点、現パロ注意









結婚しよう、となまえにプロポーズをした。
なんて返事をされるのか、だいたい返事の予想はついていたけれども、それでも人生のうちでは三本の指に数えられるほどの大事なイベントだった。少なくとも僕にとっては。

小さいころからまるで兄妹のように育った僕たちは、大人になっても一緒にいた。まるで兄妹だった二人が、男女として恋人になった。僕だけのお姫様になってくれた。僕の家と同じくらいの財力を誇っているなまえの実家のお蔭で、僕となまえの関係に誰も口を挟まなかった。

「いやよ、ドラコ。結婚はしないわ」

なまえは綺麗な顔に笑顔を乗せて、そう言いきった。もう大人なのに、子供のままのような無邪気な顔が僕はどうしようもなく好きで、好きで、少しだけ悲しかった。


彼女は「眠い、帰りたい、あれ食べたい、これ飲みたい、あそこに行きたい」と延々と僕に我儘をこぼす毎日だった。まだティーンエイジャーだったころ、親に我儘言いたい放題だった僕が言うのもなんだけれども、なまえの我儘は折り紙付きだ。

「でもね、ドラコ。私のお願いを聞いてくれたら、結婚してあげる」

そんな傲慢とも言える言葉を投げかけてくるなまえ。
君の「お願い聞いてくれたら」なんて僕は人生に一体何度聞いたことだろうか。君以外の人間にそんなこと言われた時には、きっと僕はそいつを軽蔑して、嫌悪して、二度と視界に入れたくないと思うに違いない。
でも、困ったことに僕は君のお願いにはめっぽう弱かった。
ドラコ、ありがとう。と、笑ってくれるたびに僕は嬉しかった。彼女の立場であれば、僕になんか頼まなくても望むものを手に入れられるのに。僕にあれこれと我儘を言う彼女がひたすら愛しかった。

表舞台では猫をかぶる彼女のそんな姿について、相談するのはレギュラスおじ様一人だけだった。レギュラスは「惚れた者の弱みだね」と呆れたような楽しそうな顔をして言った。
ああ、そうだろう。
なまえの願いは何でも叶えてあげたくて。叶えられるのは僕だけだって信じていた。



「なまえ、君以外に誰と一緒になれって言うんだい?」
「貴方が私の願い事を聞いてくれればすむ話よ?」
「君の一生と、釣り合うほどの願い事だったら喜んで聞くよ」

静かにそう告げれば、なまえは嬉しそうに「ええ、そうね」と笑った。




なまえは我儘で、意地っ張りで、勝ち気で、美しい。僕がそれにつり合おうとどれほど努力してきたかなんて彼女は知らないだろうし、知らなくていい。

「指輪?新婚旅行?それとも、新居はアマゾンに建てたいなんて言う気じゃないだろうな?」
そう冗談交じりに聞けば、なまえは「それも素敵ね。ピラニアが見たいもの」と笑った。焦らしているつもりだろう。彼女はワイングラスを揺らして、僕を見た。


彼女が、奥さんになってくれればいいのに。
母を大切にしつつ、家長としての威厳を放つ父を見習いたいところではあるが、なまえに出会ってしまった以上僕に父の真似はできそうもない。




「結婚式は、小さくて古いお城でしたいの」
「そうだね」
「私、ウェディングドレスのデザインしてみたい」
「うん」
「新婚旅行は、パリがいい」
「分かった」
「結婚したら、しばらくは二人きりで暮らしたいの。新婚だもの」
「そうだね」
「…ドラコはしたいことないの?」

不意に混じった問いかけに、僕は考えた。



「君、僕がエッフェル塔からバンジージャンプしたいって言ったら一緒にしてくれるのかい?」
そう尋ねれば、なまえは「いやよ」と笑った。
ほらまた「いやよ」だ。
僕は苦笑して、なまえの手を取った。



「本当は、結婚しなくてもいいんだ」
僕は静かに言った。
「君が他の誰かのものにならないで、僕の隣にずっといてくれればいいんだよ」
なまえは目を細めた。
「でも、僕は…」



「私の我儘、もう聞き飽きたでしょう?」
そう尋ねられて、僕は首を振った。
「なんだい、もうネタ切れかい?」
「だって、ドラコはなんだって私の言うこと聞いてくれるんだもの。私が悪いみたいじゃない」
「誰かにそう言われたのか?」
「…」
「我儘じゃない。君の『お願い』だ」
「馬鹿なドラコ」

泣きそうな顔をしたなまえに、僕は安心させるように笑いかけた。




「ほら、言うんだ」
そう促せばなまえは、僕の手に指先を絡ませた。
僕はポケットから指輪を引きだして、彼女の薬指にはめてあげる。子供の頃は、花飾りで作っていたけど、今度は本物だ。

彼女はぽとり、と涙を落として、我儘のいいわけじゃない、本当の「お願い」を口にした。





「世界一幸せなお嫁さんにして」

そんな可愛いセリフに、僕は心のそこから頷いた。

「約束するさ。」





不思議なことに、それから2か月後、無事結婚式を済ませてほどなくするとなまえの我儘はほとんどなくなった。
理由を問えば「もう大人だもの」と彼女は笑って僕のために紅茶を入れてくれる。それから一週間後、とうとう気になって「もっと甘えていいんだ」と諭せば、彼女は「今度は、私じゃなくってこっちを甘やかしてちょうだい」と不意に腹を撫でていた。

僕はその日、アンティークのめちゃくちゃ貴重なティーカップを粉々にしてしまった。



END


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