星は見えない

パチリ、と瞬きをする音が聞こえそうだった。
それくらい、静かな夜。ちらほら、と舞い落ちてくる雪を見上げて私は白い息をはいた。

寒い、寒い、と先ほどまで喚き散らしていた私も、私より少し前で立ち止まった彼にならって口をつぐんだ。
我が家主催のパティーを二人でこっそり抜け出して。
罪悪感はないが、上着を着てこなかったことだけが後悔だった。

彼の名前を呼べば、彼も同じような白い息を吐いた。
「星が、見えませんね。」
残念そうにつぶやいたその声は、悲しげとも、憂いとも違う響きだった。
冬の冷え切った冷気の下ならば、さぞかし星がきれいにまたたいていたことだろうに。
たしかに、それは残念だった。

「・・・・婚約、おめでとうございます。」

唐突なその一言はレギュラスの精一杯だったのだろう。
それを聞いて、せめて、今日が晴れていたのならば・・・彼のことは今夜を境に夜空を見るたびに浮かんだだろうに。
そんなバカげたことだけが、脳裏をよぎった。
「ありがとう、レギュラス。」
それだけしか返せない私を優しい彼は責めたりはしないだろう。
どうせ引き裂かれる恋だったのだから。

にぎやかな光に戻る時、私たちは淡い恋の代わりに、星など望めない未来をそっと手の中に収めるのだ。
「・・・最低ですね、」
「うん?」
「僕は、貴方の幸せなんて願ってあげられません。」
「レギュラス、」
「相手の男と幸せに、なんて言えない、」

レギュラスはそう言いながら、私に悲しい笑みを向けた。

「・・・きっと、相手は貴方に優しくしてくれるでしょう。」
「私は、優しさなんて求めないわ。だって、あなた以外の異性はみんな同じようなものだもの。」
あなたじゃなきゃ、意味はない。
私が淡々とそう返せば、彼はまだ笑っていた。

「でも、私はあなたじゃなきゃダメだなんて我が儘は言わないわ。いつかは、きっとレギュラスのことも思い出になるの。」
「・・・そうですね。」
「でも、覚えていて。これから、私がだれかを愛することはあるかもしれない。」
でもね、と私はレギュラスから視線をはずして空を見た。

「私の初恋はレギュラスだし、恋に落ちるのは多分あなたが最初で最後よ。」
「なまえ、」
レギュラスは少しだけ驚いたようだった。


「今は、こうするしかないわ。けど、もしかしたらいつかは、って期待することはできるもの。」
「・・・・なまえらしいセリフですね。」
穏やかに、レギュラスは笑った。
「気が向いたらでいいの・・・・でも、チャンスがあったら。」
私が風に乗せてそうつぶやけば、レギュラスは私の右手をとってそっと口づけた。

16歳の夏の夜に、涙など必要ない。
ロミオとジュリエットほどの悲劇ではないのだ、私たちはその気になればきっと一緒になれるわ。

「その時は、遠慮なく攫いに行きます。」

end

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