キスしようか

似合わないよ、と笑って私から煙草を取り上げたのは、果たしてどちらの『ウィーズリー』だったのだろうか。私は驚いたものの、声を上げることもできなくて壁に背中をくっつけた。ごつごつとした、冷たい感触が痛い。

赤毛が月の光に反射していた。
一瞬では声の正体もわからず、ただ教職員ではなかったことだけに安堵しながら私は肩を落とした。
「フレッド?それともジョージ?」
同期であり、同寮でもあるが、彼らを見分けることはできないし、この先もできるようになる気がしない。失礼だとは思いながらも見分けようという努力をする気もないんだけども。
驚かせないでよ、ビックリしたじゃない。と、言いながら正体を問えば、彼は「ホグワーツ一の紳士、ジョージ・ウィーズリーにございます、お嬢様」とおどけながら私の目の前にやってきた。
私はずるずると、そのまま段差になっていた部分に腰を下ろした。冬の夜は随分と冷える。防寒魔法をかけても、雪がパラパラと降っているため視覚的にも温かさとは遠いように思えた。
「じゃあ、返してくれない?紳士さん」
私は笑いながら彼の指の間に挟まっている白く細長い煙草を指さした。先端が燻っているのは確認できる。
ジョージは「お嬢様の柔肌を傷つける悪党は、排除したく存じます」とまだ執事ごっこの続きを演じている。
まったくもって冗談が好きな男である。

「私からそれを取り上げるのは、あなたから悪戯道具をとりあげるみたいなものよ?」
ちょっと盛ったかもしれない例えだな、と言ってから気づいたものの別にジョージは本当のことなんて知らないのだから。
彼はニッと笑った。
「口寂しいならキスしてあげようか?」
そう言ってわざとらしく唇をつきだしたジョージに、私はやれやれと両手を上げた。

「分かったわよ、消していいから」
「そりゃあ残念」
持っていたタバコの先を壁に押し付けてジョージは私の隣に座った。
「それ、ちょうだい」
受け取った吸殻をポケットケースにいれてから、私は緩めていたマフラーをしっかりと巻きなおした。
「ポイ捨ては厳禁って?」
「しもべ妖精はめざといもの。塔の掃除ついでに先生に報告されたらたまったものじゃないわ」
私は改めて彼を見た。


「なんでこんなところにいるの?」
屋外に直通している塔はそう多くはないし、グリフィンドールの寮から近い場所を選べば更に絞れないこともない。でも、偶然的にジョージがここに来たとも思い難かったのだ。いくら問題児でもこんな真夜中に。
「君は気づいてなかったかもしれないけど、談話室の端のソファーでまどろんでた。レポートが終わらなくってね」
「私が出ていったのに気づいてついてきたの?」
「まぁ、そういうことかな」
潔い答えに、私はまじまじとジョージを見た。なんて迷いのない行動だろうか。校則破りの権化みたいな生徒だから、今更夜間徘徊に躊躇がないと言われれば納得はするけど。こんな寒い日に外に出なくてもいいだろうに。
ジョージは私の視線に小さく笑った。

「そんな話は聞かないけどさ。君に他の寮のボーイフレンドがいて、こっそり逢引きするのかなって思ったら、嫌だなって思ったんだ」

その言葉に私はびっくりして「えっ?」と思わず声が出た。好奇心が湧いたって言うのなら理解できる。だって、彼は面白いことを追求するために日々悪戯に励んでいるのだから。
「・・・嫌なの?」
「ああ、嫌だね」
きっぱり言ったジョージは、別段普段とかわらなかった。当然、とも言いそうな口調に私は少しだけ混乱した。それが告白とも取れる気がしたけれど、揶揄われている可能性も捨てられなかった。彼の行動の意味が単純に気になったのだ。

「私に、キスしたいって思う?」
「・・・したいから邪魔者を排除したんだ」
そう笑ってジョージは私の右手に握られているポケットケースを指さした。急な出来事に私は少々混乱した。返答に困って何度か息を吐けば、それが白く空中に浮かんで、煙草の煙みたいだな、と考えた。
ジョージは何も言わないで、ただ笑っていた。
「嫌じゃないの?煙草なんて吸う女の子」
そう尋ねれば、彼は「なまえは、年中悪戯ばっかりしてる問題児を好きになってくれるかい?」と答えになっていない答えを投げつけてきた。
ようするに、お互い好きなものは仕方がない、ってことだろうか。私は言葉なく、ただぼんやりと雪の舞う空中を見た。


そろそろ、帰ろう。結構寒い。
どれくらい時間がたったのかは分からなかったけれども、ジョージはそう言って私を促した。
「キスしないの?しないならもう一本吸ってから帰るわ」
少しだけ、意地悪をしたくなって私はそう言った。
そうしたら、ジョージは慌てて私の口元を覆っていたマフラーを引っ張った。その様子が可笑しくって私が笑えば、ジョージは「笑わないで」と少しだけ真面目に言い放った。
ひんやりとした空気に充てられた口元に、冷たいジョージの指が降れたのを合図に、私は静かに目を閉じた。

END


(未成年の飲酒・喫煙は法律で禁じられています。真似はしないでください)

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