貴方の物でいい

たとえば、私を優しく呼ぶその声とか表情とか。大きな手で、そっと頭を撫でてくれる優しさとか。誰もが見惚れる容姿とか。

好きな理由なんて、あげればきりがなかった。
私の好意を受けても嫌な顔ひとつしないで微笑んでくれた。完全に受け入れてくれることはなくても、そばに置いてくれることが嬉しくて。
学校が、彼のいる場所がキラキラ光って見えた。


けど、同時に嫌なところもいっぱい知っている。

可愛い女の子に弱いところ。
少しプライドが高いところ。
マグル生まれを激しく嫌っているところ。

何より、美しい婚約者を有していること。


貴方が誰を好きになっても、それは悪いことだとは思わない。婚約者のナルシッサだって悪い子ではないし、年下の私に良くしてくれるから、どちらかと言えば好き。
でも、私を突き放してくれないから、私はいつまでたっても貴方を忘れられない。
貴方が結婚して、子供ができて、その子が貴方にそっくりだという手紙がきても。私は、貴方を好きでいることを辞められない。

酷い人ね、と笑う私にあなたはきっとこういうのだ。

「好きになってくれと、頼んだ覚えはない」

決して、嫌味ではなく。そこには苦笑が浮かぶのだろう。それでも、その言葉を言われれば私は納得出来たような気もする。だって、少なくとも彼は想うことを赦してくれているのだから。それで充分だと、そういう聞き分けの良い女でいたかった。

愛人の噂が絶えないだけに、もしかしたらいつかは振り向いてくれるのではという希望を持った時期もあった。その可能性がないことに気づいたのは、貴方が私にくれる手紙のなかにドラコの写真が入り込んだころだった。
すっかり父親の顔になってしまった貴方が、とても幸せそうだったから。もう、何も言えなかった。貴方にそっくりなドラコは、とてもとても可愛かった。それは、嘘じゃない。




「・・・久しぶりに会いたいだなんて言ったかと思ったら」
静かに彼の顔を見上げれば、彼はとても疲れたような顔をしていた。
髪は乱れ、目の下にはクマができて、身なりもとてもではないが紳士の装いとは程遠かった。
お互い、歳を重ねたなとそう思った。

「あの方が、君を所望している」
「手紙は読んだから、要件は分かっているつもりですよ」
そう静かに言えば、ルシウスは一瞬硬く目を閉じた。そして、瞼を開けて、私を見る。その目は、もう私の知っている優しい目ではなかった。何かを恐れるような、痛がるようなそんな目だった。

「家族のために、私を差し出すの?」
そう尋ねれば、ルシウスは「君はそう思うか?」と笑った。
「質問を質問で返すのはズルいわ」
「・・・そうだな。すまない」
ルシウスは私から目を逸らすと、窓の外を見た。ここ最近、ずっと空には暗く分厚い雲がかかっている。


例のあの人と、生き残った男の子との戦いが、いよいよ始まったのだ。
この歴史的な時代に生まれて、巻き込まれて・・・私も彼も、不運なものだ。



「私、ずっと貴方の幸せを願っていたわ」
「なまえ」
「貴方と初めてデートした日から、ずっと」
そう笑えば、ルシウスは「覚えているよ」と目を細めた。
それが嘘かどうかは分からないけれども、その声はどこか優しくて、懐かしかった。

「好きよ、ルシウス」
「・・・」
「私が貴方のためにできることがこれくらいしかないのなら、私は喜んでその役目を受けるわ」
そっと、手を差し出した。
ルシウスは驚いた顔をしてまじまじと私を見る。
「酷い人ね。貴方の願いを、私が断れないことなんてとっくの昔に知っているくせに」
冗談めかして言えば、ルシウスは渋い顔をした。

狡猾で、敵には容赦なく残酷さを見せつけることも知っている。だから、こうして他人を傷つけることに戸惑うルシウスを見るのは新鮮でもあった。何より、私を「どうでもいい人間」に区分しなかったことがとても嬉しかった。

「貴方と一緒に行くわ。貴方がマルフォイ家を守るというなら、私が貴方を守りたい」
はやく、手をとって。
そう右手を宙でひらりと振れば、ルシウスは深く息を吐いた。

そして、ゆっくりと私の手をとり、手の甲にキスを落とす。
歳をとっても、こういう仕草が様になってしまうのだから。ここにきてまで、惚れ直すなんて真似はしたくないのに。



「愛していても、いい?」
そう尋ねれば、ルシウスは私の手を握ったままそっと視線を上げた。
そして、悲しそうに笑って「今更だ」と呟いた。

「じゃあ、キスしても?」
そう問えば、ルシウスはゆっくりと首を振った。

「君は私の物かもしれないが、私は君の物にはなれない」
なるほど、的確なことを言う。と、私は思わず吹き出してしまった。
ルシウスもつられて笑う。

じゃあ、約束して。小声で、そっと形の良い彼の耳に吹き込んだ。



自分の物は、最後まで大事にしてちょうだい。


END


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