「ユーリに抱えられたリクが顔見えないくらい血塗れで…息があるってユーリに言われたのが信じられないくらい全然動かなくて…今までずっと目も覚めないで…」
「うん。…色々とごめんね、カロル」
「ごめんじゃないよぉ! でもまた会えてよかったよぉ! リク〜!!」


カロルは子供が母親に抱き着くそれのように、車椅子に座る私の方まで駆け寄ってきて、そのまま私の膝の上で泣き出す。
私が知るカロルよりも随分と背が伸びた彼は私の前で膝を折り、泣きついているという状態だ。二年も経ってるってことはカロルも14歳かぁ。そりゃあ背も伸びるよね。
大きくなっても中身はあんまり変わっていないカロルに安心したのと、こんなに心配させてしまってた罪悪感があって私は一瞬、カロルの背を撫でるのを戸惑う。
でも、その一瞬の間に今度はパティちゃんが私に抱き着いてきた。車いすに乗っていることなんてお構いなしに力強く。


「うちはもうリク姐を離さないぞ」
「パティちゃん、私はもうどこにもいかないよ…」
「そういってリク姐はいなくなったのじゃ。もうその言葉は信じないぞ!」
「……ごめんね」


ザウデから救出された私は、そのままこのお城で治療を受けて二週間ほど眠っていたらしい。…確かに随分長い夢を見ていたような気がする。どんな夢なのかは覚えていないけれど、とにかく長い夢を。
その間にもユーリたちはお城に残って私が目覚めるのを待っていてくれたらしいけど、みんなにもそれぞれ立場があるし、私が起こしてしまったことの後始末もあったのだろう。帝都から遠くには行かなかったものの、お城からは離れていたみたいだ。
けれどこうしてすぐにカロルたちが駆けつけてくれて嬉しい。泣きついてきてくれたカロルたちにやっと止まっていた涙が再び溢れ出てきそうになる。


「パティちゃん、本当にごめんね。これまでのこともそうだけど…。特に麗しの星(マリス・ステラ)と馨しの珊瑚(マリス・ゲンマ)のこと…」
「いいのじゃ、リク姐。確かにあれはうちがずっと探し続けていたお宝じゃ。でも、グランカレイが見たという楽園はリク姐が見つけて、確かに存在すると証明してくれたのじゃ。だから、それでいいのじゃ」
「…でも、自分の目で見たかったでしょ?」
「…リク姐は、本当に昔から何も変わっとらんの」


二年前よりも少し大人びたパティちゃんは、そのまま私の手を握る。
車椅子に座っている私を見下ろし、パティちゃんは困ったと言いたげに曖昧な表情を見せた。


「うちはリク姐が好きじゃ! それは、どんなお宝にも勝る!!」
「……パティちゃん…」
「つまりリク姐がこうして帰ってきてくれた…それが何よりのお宝なのじゃ! …だから、だから…」


昔と変わらない明るさで声を張り上げてくれていたパティちゃんの声が徐々に震え、瞳には再びうっすらと涙が溢れ出していた。
そんな彼女を見て、今まで耐えていた涙が再び流れてしまった。私とパティちゃん、そしてカロルは一斉に泣き出し、今まで見守ってくれていたエステルとフレンが慌ててハンカチを差し出してくれたがそれで治まりそうもない。
――執務室の扉が乱暴に開いたのは、そんな時だった。


「…あら、リク」
「ジュディス!」
「みんなも揃ってるのね。思っていたより元気そうで何よりだわ。…まだ治療は必要みたいだけれど」
「ジュディ姐は相変わらず反応が軽いのじゃ」
「だって、感動の再会でこれ以上リクを泣かせるわけにはいかないでしょう? それに、私よりも彼が言いたいことがあるようだし」


扉から現れたジュディスは、私を視界に捉えると昔と変わらない微笑みを浮かべた。彼女がバウルと一緒に運び屋の仕事に就いていたのは知っている。魔導器(ブラスティア)がなく、魔物が生息しているこのご時世。町から町へ物資を運ぶことは昔よりも困難になっていた。だからこそジュディスの仕事が必要とされているのだ。もしかしたらこの中の誰よりもジュディスが一番多忙なのかもしれない。
ジュディスらしい再会の挨拶に泣きながらも笑ってしまう。確かザウデに落ちてから再会したときもこんな感じだったなぁ。
くすくすと笑うジュディスは、自分の背後に視線を向けた。ジュディスの後に続いて部屋に入ってきたのは――…


「…あ、レイヴン…」
「………」
「……さん」


扉から無言でこちらに歩み寄ってきたのはレイヴンだった。レイヴンはこれでも騎士団とギルドを行き来して多忙な身。彼も城を離れていたみたいだから、こんなに早く顔を合わせられるとは思っていなかった。
しかしそんな呑気なこと考えてる場合ではないと、彼の表情を見て感じ取る。涙はすぐに引っ込み、パティちゃんとカロルも表情を固まらせて私から離れた。
シュヴァ―ンであったときと同じくらい瞳は淀み、一言も喋らず、全身で怒りを露わにしている彼の様子を見て、私は血の気が引いた。まるで親の仇でも見るような鋭い視線で私を見下ろす彼に思わず敬語が零れる。
これまで誰一人としてこういった反応をしなかったから油断していたけど、本来ならこの反応が普通の反応なんだよね…。


「あ、あの…」
「……」
「ごめん、なさい。…私、その…」
「それは何に対しての謝罪だ?」
「え…」


ドスドスとわざとらしく大きな足音をたてて私の目の前にやってきたレイヴンは、視線を泳がせている私を咎めるような低い声でそう問いかける。
目を丸くした私に、彼の顔はますます不機嫌になった。…彼の額に青筋が見えたは私の目の錯覚だと思いたい。


「分からないか。…そうだよな。お前はそうやって自分に向けられている想いには目を背けてたからな」
「……ごめん」
「分からないくせに謝ったって仕方ないだろ」
「違うよ。…分かってる。私はあなたから目を背けてたの。…二年前のあのあと、レイヴンだけは私の記憶を失わない可能性があったこと…ちゃんと分かってた」


胸倉を乱暴に掴まれたのはその時だった。私の周りにいたエステルたちが慌てて咎めるようにレイヴンの名前を呼ぶ。
なんだかこんな状況、前にもあったような気がする。レイヴンが怒って、私の首を絞める勢いで詰め寄ってきて…。…ああ、そうだ。二年前、エフミドの丘でデュークの説得に失敗したあとのことだ。あの時と同じ状況だ。…違う箇所があるとすれば、あの時と違って私は抵抗できないっていうのと、鼻の先にあるレイヴンの顔が、今にも泣きそうなくらいに歪んでるというところだ。


「――じゃあ尚更、なんで俺を連れて行かなかった…っ!?」


やっとのことで言葉にしたのか、その声はとても小さくて、震えていた。
目を見開いた私の顔が、レイヴンの空色の瞳の中にいるのが見える。…それほど、近い距離。


「この心臓なら、お前を覚えていられた。お前と一緒に行けたはずだろ? 少なくとも、お前が独りになってこんなに追い詰められるような事態にはならなかったはずだ…!」
「レイヴン…」
「俺がどれだけお前を探したか…っ!! 一人だけお前を覚えてて、その記憶ですら消えてくのがどれだけ…っ!!」


レイヴンが過ごしたこの二年を、私は知っていた。
心臓魔導器(カディスブラスティア)を所持し続けている彼が私の記憶を保持し続けられるのは当然のことで、彼だけは私を覚えてくれていた。そして、私は彼が私の記憶が完全に消えるその時まで、私を探してくれていたことも知っている。…じゃなきゃ、この世界を知り尽くした彼から見つからずに過ごすのは困難だっただろう。
レイヴンを苦しめていたのは自覚している。レイヴンは私が追い詰められていたと言っていたけれど、間違いなく彼を追い詰めていたのは私だった。


「……独りでいることが、償いだと思った」
「…!」
「二年前、みんなの気持ちを裏切って、強引に私の正義を貫いたことへの償いのつもりだったの。私が、みんなの記憶から消えて、独りぼっちのまま苦しんで死んでいくことが…みんなを裏切った罰だったの」


素直な思いを口にすれば、目を見開いたレイヴンはそのまま私の胸倉を掴む手を緩めた。支えが無くなった私の身体は、そのまま車椅子へと逆戻りする。
…そう。これは償いだった。たくさんの人を騙して、裏切って、気持ちを踏みにじることへの罰。私はそうやって自分を追い詰めて、言い聞かせて今日までやってきた。これからの未来に希望を持たないこと。持つ資格は私にはないということ。苦しみながら、悲しみながら、誰にも気付かれないまま、虚しく一人で一生を終えること。それが私の贖罪だと。そう思っていた。


「今思えば馬鹿な話だけど…孤独に耐えられないときは何度も死のうとしたの。…けれどその度にそのことを思い出して、私はこの二年間を生き延びてきた。この虚しさが、この孤独が、私の償いなんだから死ぬことは許さないって」
「リク…そんな…」
「だから私は、レイヴンのことからも目を背けてた。私は独りでいなくちゃいけない。希望をもったら駄目なんだって。…でも、それも私の自分勝手な思い込みだったんだよね。私が苦しいから、レイヴンも我慢してって言ってるようなものだった…」


罪人が自分に課せられる罰を選ぶだなんてこんなに楽なことはない。私はそうやって自分の償いの方法を都合よく解釈して自己満足していた。
…そうだ。私はいつだって自己満足。他の意見も、気持ちも跳ね除けて、全て自分で決断して、自分だけ満足していた。そして、それでもいいと思っていた。だから私はあの行動をとった。…けれどそれはあくまで、私以外のすべての人間が苦しまないという結果があったからこそだ。
けれど今は違う。この償い方は…この自己満足は、他人を苦しめる。…大切な人たちを泣かせてしまう。――その事実に、今やっと気が付くなんて。


「ごめんね、レイヴン…ごめんなさい、みんな…。世界を救うことが出来ても…一番大切な人たちを苦しめていたなんて…本末転倒だよね」


声が震える。いくら考えても辿り着けなかった答えをやっと見つけたというのに、私はまったく嬉しくなかった。
涙を流す資格がないことを自覚しているせいか、涙が溢れてくることはなかった。けれどみんなの顔を見ることも出来なかった。
俯いた視線は、服の裾を握りしめる自分の両手に移る。レイヴンの手は、完全に私から離れていた。


「――なら、前を見ろ」


完璧に沈黙したと思っていたレイヴンが、再び私の胸倉を掴み、驚く私の顔を覗き込む。
さっきとは違う、まっすぐな青い瞳が私を見つめている。


「間違ったって思うなら、下を向くな。前を向いて、ちゃんと周りを見ろ。もう二度と、俺たちから目を背けるな」
「……うん」
「…お前がどう思おうと、どんな結論を出そうと関係ない。俺が願うのは、お前が笑って幸せになること…頼むから、それを忘れないでくれ」
「うん…っ」


ごめんなさい。もう一言そう呟き、私はそのままレイヴンの腕に縋り付いた。
どうしようもなく叫びたくて、叫びたいほど泣きたくて仕方ないのに、レイヴンの言葉を受け止めて、今泣いてしまうのはなんだか違うような気がした。
前を見る。間違いを理解したからこそ、下を向いてはいけない。目を背けてきたものとちゃんと向き合えるように。もう、私だけの私ではいられないのだから。



***



「――随分早い目覚めだな」
「どれくらいかかると思ってたの?」
「もう十年ほど」
「…相変わらず笑えねぇジョークだな」
「いや、冗談なんて言わないよ。…デュークは」


陽に反射してキラキラと輝く青い海を背景に、銀髪の美丈夫はこちらに振り返った。
相変わらずの無表情で逆に安心する。私の口端は自然と上がってしまっていた。緩んだその顔を誤魔化すように溜息を吐き出し、私はデュークの傍へと移動する。…とはいっても、まだ車椅子の操作に慣れてなくて、ユーリに押されながらだけど。
二ビン海岸の砂浜の上ってこともあって、なかなか車椅子では進めない。ここの砂浜は比較的固めだからなんとかなってるけど。
車椅子姿の私を見たデュークは、少しだけ眉間に皺を寄せた。…彼の不機嫌な顔を見るのはやっぱり久しぶりだ。


「…その足は」
「ああ、うん。今はこの通り動けないんだけど、ちゃんとリハビリすれば動くようになるって。だから大丈夫。大したことない」
「事を軽んじるのは昔から変わらなんな」
「同感」
「どっちの味方よ、ユーリ…」


デュークは一度だけ、私の様子を見にザーフィアス城内に姿を現したらしい。デュークが城に足を踏み入れるのは、もう十数年前に皇帝の至宝宙の戒典(デインノモス)を奪った時以来のことになる。城にいた評議員の連中はさぞかし驚いたことだろう。…その顔を見てみたかったような。
私の命に別状がないことを知るとそのまま城を出てどこかに消えたって聞いていたけど、そう遠くへ行っていないことは分かっていた。…なんだかんだで、デュークは私を大切にしてくれている。…二年前のあの日に、それが痛いほど分かっていたから。


「…あんたは、いつからリクのことを思い出していたんだ? 最初からってわりには、動き出すのが遅かったみたいだが」
「…ラピード、と言ったか。あの犬は。彼が私の前に現れてから少しずつだ」
「え、ラピード?」
「知らないのか。彼の先祖がアウラの眷属だったのだ。彼が記憶を呼び覚ます手伝いをしてくれた」


まさかラピードとクロノスにそんな関係があったとは…。驚いている私とユーリに、デュークはクロノスでさえも知らなかったことだと言葉を付け足す。
…そうか。それなら今までのことに全て説明がつくかもしれない。ラピードが本当に最初から全て知っていたとは思えないけど…アウラさんの力の繋がりで私を見つけられたのだとしたら、最初から私に懐いていたという疑問も解決する。


「…もし本当にそうだとして…本当に記憶がなくなったオレはともかく、フレンや他の奴らが思い出せなかったのはどうしてだ?」
「偶然の産物。…いや、こうなる運命だったのだろう」
「どういうことだ?」
「私が、これを持っていたからだ」


デュークが懐から出したものに、私は驚くことはなかった。彼がそれを持っていることを二年前から知っていたからだ。…彼が聖核(アパティア)を…"エルシフルの命"をずっと守っていたことに。
他のものと変わらず、青白く美しく輝くその石に、私は微笑みを零した。デュークは元々私の記憶を残しておくための道具は揃っていたけれど、彼自身はその方法を知らなかった。ラピードはそのきっかけを作ったのだろう。クロノスの眷属としての血かどうかは分からない。けれどラピード自身に自覚がないのは確かだろう。方法が分かってて出来るようなものではないのだから。


「十年以上、ずっと持ってたんだね」
「…エアルに還すべきだと何度も考えた。私は、その術を持っていた。…だが」
「うん。その聖核をエアルに還してたら逆に怒ってるよ、私」


私やクロノスの前にさえ見せなかったエルシフルの聖核。世界のことを考えながらも、デュークが守り続けてきたもの。エルシフルが生きた証。
デュークがそれを持っていることは、分かっていた。二年前の決戦前にも。クロノスだって分かっていた。けれどデュークがそれに触れることはなかった。あの決戦の中でも、私が無茶をした時も、決して聖核の力を借りようとはしなかった。…自分の為に、世界の為に使うようなことは絶対にしなかった。
エルシフルは、生きていたときも命を失ったそのあとも、デュークを人間らしく出来る唯一の存在だ。あれだけ世界の為に手段を択ばなかったデュークも、その力だけには手を出さなかったのだから。


「クロノスは最期に言った。これからもこれを大切にしてくれと」
「デュークが持っていれば安心だもんね」
「…いや、私はその時思い知った。…これは、私の手元にあるべきではないと」


私の隣にいるユーリが、怪訝な顔をしているのが見なくても分かった。
…そもそも、私はデュークの居場所を聞いてこんな海岸まで来たわけじゃない。誰にも彼が今どこにいるのかなんて分からなかった。…なら、どうして私はこうしてデュークと簡単に再会できているのか。――それは、ここからならこの世界の中心に…ザウデに繋げることが出来るからだ。


「…分かってる。私もそうするべきだと思う」
「ああ…エルシフルにとっても、それが一番幸福なことだろう」


すでに魔導士には頼んである。デュークは海に視線を向け、小さくそう呟いた。
デュークが他人に何かを頼むなんて、珍しいどころのことじゃない。その相手が人間であるなら尚更。けれどそれを笑うつもりはない。彼にとっては、とても大きな一歩だっただろうから。
ユーリが車椅子を押してくれたのは、そんな時だった。私が目を丸くして彼を見上げれば、彼はただ笑って肩をすくめて見せた。行きたいんだろ? とその視線が語っている。…うん、やっぱりユーリには適わない。


「デューク」
「……ああ」


そのままデュークの隣まで移動し、私は彼に両手を差し出す。
デュークは相変わらずの無表情だった。…無表情、だったけれど…彼の瞳は先ほどよりも陽の光が反射していているように見えた。
私はそれに気が付かないフリをして、彼から聖核を受け取る。――そして、


「……これはまた、とんでもねぇ精霊だな…」


私がエアルを操ったことにより、聖核は徐々に姿を変えていく。
淡い金色のエアルが聖核に引き寄せられるように集い、徐々に宙へ浮かぶと、その光を弾けさせた。
――クロノスが誕生したときと同じように見えた。…聖核があった場所に立っていたのは、人間と変わらない姿をした…けれど人間とは思えないオーラを身にまとった精霊だったからだ。
…涙が、出そうになる。その姿は、エルシフルが人間に化けていた時とほとんど同じ姿だったから。


「……名付けは、必要?」


涙がいっぱいに溜まった瞳をそのままに、私はやっとの思いで声を出した。
目の前の金色の精霊は静かに首を横へと振る。…あの時と同じ微笑みを浮かべたまま。


『――ありがとうデューク、リク。君たちと出会えて本当に…本当に良かった』


金色の精霊は確かにそう囁いたあと、その姿を霧散させた。
私たちはその光を視線で追う。霧散した光はすぐに収束し、まるで虹のような光の輪となって一直線に水平線の彼方へと消えていく。…ザウデがあった方向の海へと。――クロノスが独りで沈んで行ったという深海へと。


「…ああ…さらばだ、エルシフル。…我が友よ」


その様子を最後まで目に焼き付けながら、デュークはか細い声でそう囁く。
…今、彼がどんな表情をしているかなんて敢えて見るようなことはしなかった。私もユーリも、金色の精霊が地平線の彼方へ消えていくのをずっと見送っていたから。
視線をそのままに、ユーリは私の手を握ってくれた。私はそれを強く握り返す。金色の精霊が見えなくなった後も、私たちはそこから視線を外さずにいた。


「…さようなら、エルシフル。……さようなら、クロノス」


二度目となる別れに、とうとうポロリと瞳から涙が零れ落ちた。私はそれを拭わないまま、空いている方の手でデュークの手を握った。
少し間を開けて、デュークも私の手を握り返す。本物じゃないけれど、この時だけは本当の兄妹のようになれた様な気がした。
両手を大きな手に握られながら、私はいつまでも海を見つめていた。――もう二度と、忘れないために。
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