「オレはここに残る。あんただけでみんなのところに戻ってくれ。…封印も、閉じてもらって構わない」


菫色の結晶に触れ、しばらく黙り込んでいたユーリは背後にいる精霊にそう告げた。
結晶の光が反射して暗い広間を照らし、幻想的な風景を作り出している。外では仲間たちが生命力を削って待っているというのに、ユーリとクロノスは時間も忘れ、その空間にずっと立っていることしか出来なかった。
彼らの目的であるリクは目の前にいるというのに、相変わらず結晶の中にいるまま、触れることすらできない。その事実は、彼女の決意の固さを表しているようにも思えた。


「封印を閉じれば、あなたが地上に戻ってくる可能性は極端に低くなる」
「そのくらい、分かってるさ。オレもそこまで馬鹿じゃない」
「……死ぬまで、ここにいるつもり? 仲間たちに何も告げずに?」
「まあ、そういうことになるかもな。…だが、こいつを独りにするつもりなはない」


先ほどまでの刺々しい態度とは一変し、ユーリは穏やかな表情でクロノスにそう微笑みかけた。彼に迷いは少しもないようだ。晴れやかなその表情に、クロノスは今度こそ言葉を失くす。
リクのあの姿を見ても、彼女にはもう触れることが出来ないと分かっていても、離れないと言えるのか。…長年連れ添ってきた仲間たちに別れを告げることもなく、この薄暗い地下に一人で残るというのか。――あんな穏やかな顔をして。
彼女が始祖の隷長(エンテレケイア)だった時に予知した未来で、確かにユーリがリクに心を寄せているのは分かっていたし、精霊として転生できることが出来た後も、二人の絆がとても深いものだと理解していた。けれど、ここまでだとは。
――ここまで、ユーリがリクを愛していたなんて。
ユーリの視線が再び結晶の中のリクに戻ったと同時に、クロノスは自分の顔を両手で覆った。覚悟していていなかったのは、どちらの方だったのか。永遠に動かないリクを眺めるユーリの背中に、クロノスは震える声で呼びかけた。


「……ユーリ・ローウェル。私はあなたを誤解していたわ。リクが信じたあなたを…心の中では蔑んでいた。あんなに簡単にあの子を忘れてしまったあなたを」
「別に、間違ってないだろ。オレは簡単にリクを忘れたし、あいつを不安にさせないために守ってやるだのなんだの言っておいて、結局救ってやれなかった。現に口だけの男だからな」
「…けれどあなたはここにいる。最期を迎えたリクの傍に」


そして、全てを捨ててでも彼女の傍にいることを選んだ。
クロノスは顔を上げる。相変わらず目の前の現実は変わらず、リクは血塗れのまま結晶の中だ。
リクは、確かに人間離れした力を持っている。その力の強さは、もはや人間とは言えないほど規格外のものだ。それはもう、彼女以外の誰にも扱えるものではない。
だからこそ彼女は孤独を選んだ。全てを救う代わりに、自ら永遠の孤独を選んだのだ。世界の不幸になる。文字通り彼女はそれを決行した。
その結論が、この状況だ。永遠にも感じる二年間を苦しみ続け、彼女はこの答えを出した。――あれほど世界の幸せを夢見た少女が、こんな残酷な答えを。
リクの正義は、異常なほどの自己犠牲だ。確かにその正義のおかげで世界は救われた。けれど彼女が消えた世界には、彼女を強く思う人間たちに『違和感』を残した。そしてそれが歪みを生み、こうして再び世界の危機となっている。
自分を忘れさせてしまうこと。仲間たちに嘘をついてまでそんなことをしてしまうのが自分の罪だとリクは言った。けれど違う。彼女が本当に償わなければならないのは……自分に向けられた愛情から、目を背けた事だ。


「――リクの傍には、あなたが相応しい。この世界で、何の力も持たないあなたが」


突拍子もないクロノスの囁きに、今度はユーリが目を丸くする番だった。
振り返ってみれば、ユーリでも視認できるほどのエアルが、クロノスを取り巻いていく。そのあまりの威圧感に、ユーリは無意識に剣を握りしめていた。


「リクの行いは、確かに正しいものだった。私が望んだ通りに災厄を打ち滅ぼし、世界に悠久の平穏をもたらした。"自分"という歪みすら正して、この世界の生贄になることを選んだ」
「……っ」
「けれどこの二年、リクは自分の正義に苦しみ続けた。確かにあの選択に後悔はないのでしょう。けれどその強すぎる正義感が、彼女を、私を、あなたたちを追い詰めた!」


現にこの二年、リクの正義が曲がることはなかった。
孤独という苦しみに毎日涙を零しながらも、世界中に幸せがもたらされていること。彼女の心の中心はいつもそれだった。だから魔物たちには毎日人間を必要以上に傷つけないように語りかけていたし、先走ってしまった魔物たちを止め、人間を助けたことだって何回もある。誰にも感謝されず、誰にも覚えられないというのに、彼女は愚直なほどに自分の正義を貫き続けた。誰の言葉も聞き入れることもなく。
――何故、彼女だけが不幸にならなければならないのか。ただ、理不尽に異世界に呼び込まれただけである彼女が、何故。
リクが考えた結論だから? 彼女がそう決意したから? これが彼女を一番苦しめない結末? 違う。そんなわけがない。自分はただ、この狂った運命にリクを巻き込んだ罪悪感から彼女に何も言いだすことが出来なかっただけ。――諦めていたのは、目を背けていたのは私の方。
クロノスを取り巻くエアルが、赤く輝き始める。こんな場所で何をする気なのかと、ユーリは固唾を呑む。


「リクは言っていた。誰かの正義は、誰かにとっての悪になりえるのだと。必ず人の意見は食い違う。自分と同じ人間がいないからこそ、それは必ず起こる」

「どんな形であれ、ユーリ自身が選択したなら…その形が周りからどんなに悪だと言われてもそれはユーリの正義でしょ?」

「だからこそ、断言するわ。…リクの行き過ぎた正義はもう、私たちにとっては悪よ。私は、彼女の正義を認めるわけにはいかない」


リクの人生よりも世界を取った私が何を言っても、納得できないでしょうけど。
けれど、自分の人生をかけてまで願った世界の救済よりも今はたった一人の少女の幸せを願っている自分がいる。狂わせてしまったのは私。彼女にそんな正義を持たせてしまったのも私。…だからこそ、この不幸の連鎖の原因は全て私にある。
誰も悪くない。すべては私のせい。こんなに愛し合っていた二人を引き裂いてしまったのも私。彼女に全てを背負わせたのは私。


「全ての不幸を背負うべきなのは、彼女の人生を狂わせてしまった私。…なら私は、」
「――やめろ」


クロノスが何をしようとしているのか分からない。
けれどユーリは、彼女が何かをやろうとしている理由だけは理解した。だからこそ、噛みしめるような声で彼女の言葉を止める。


「確かにあんたの言う通りだ。あんたがいなきゃ、リクがこんな選択をすることもなかった。…でも、あいつの覚悟はそんなもんじゃない。自分の代わりになるやつがいるって分かったら、それこそ黙ってねぇだろ。…あいつなら」
「……」
「自己犠牲で成り立つリクの正義が行き過ぎてるっていうのも理解できる。けど、それに納得できないから悪だって決めつけるのは早計だと思うぜ。褒めたもんではねぇけど…それで確かにオレたちの世界は救われた。…あいつの正義を否定するのは、オレが許さない」


けれど、クロノスの言っていることも分かる。
確かにリクのあの決断のおかげで、自分はこの二年、苦い思いをしてきた。見えない影を追いかけ、悪夢を見て、ようやく真実にたどり着けたかと思えば、この惨状だ。ユーリも納得はできない。できるはずがない。
でも、そんな考えも彼女の覚悟を否定されたとなれば別だ。確かにリクは自分で自分の首を絞める行為ばかりだったかもしれない、それでも彼女の正義が揺るがないのは、彼女がそれほど強い覚悟を持っていたからだろう。たとえそれが誰にも認められないものだとしても、リクは自分の正義を貫いた。


「逆にそれを貫いたユーリを尊敬するよ。…悪だと思ってやってるんだとしたら尚更。…私はそれを否定しないし、出来ない」


「(……ああ、本当に…尊敬するよ、リク)」


たった独りでも、死にたくなるような思いをしながらも、お前の正義は揺るがなかった。
はっきりとそう言い切ったユーリに黙っていたクロノスはゆっくりと、その口端を嬉しそうに上げた。


「…ええ。その言葉を待っていたわ、ユーリ・ローウェル」
「…っ!?」


クロノスが浮かべた微笑みの意味をユーリが考えたその直後、クロノスを中心に青白い光が広間に広がり始める。
その光に反射した水晶がより一層輝き、まるで水の流れが反射したかのようにチカチカと光り出した。ユーリはあまりの眩しさに瞳を細める。クロノスが今までやろうとしていたことが、とうとう決行されたのだろう。


「クロノス…っお前、何を…!?」
「その想いなら、その決意なら、きっと救うことが出来る」
「っまさか…!」
「あなたの剣ならあの子を守れる。あなたの仲間がそう信じたように。…今までがそうであったように」
「クロノス!! やめ―――」


ユーリの制止を求める声が最後まで紡がれることはなかった。クロノスが、"それ"を発動させたからだった。
その瞬間、ユーリたちが立っている『空間の色』が変わる。まるで白黒を反転させたかのように、ユーリたちの見る世界は景色を一変させた。
――時が止まっている。ユーリは自分に起こっているその状況に、声を上げることすらできなかった。止まっていた景色は徐々に歪み、まるで写真を丸め込むようにクロノスの元へと"吸収"されていく。
現実離れした光景を見ているのにも関わらず、ユーリはクロノスが何をしようとしているのかが分かった。景色がクロノスに吸い込まれていくごとに、広間全体を覆っていたリクの結晶が、溶けていくように縮んでいったからだ。……まるで時を巻き戻しているかのように。


「クロノスッ!!」


本来ならば、時を戻すなんてことは起こりえない事象だ。けれどクロノスは時と運命を司る精霊。転生前にも、リクを過去に飛ばすことをやって見せた彼女なら出来ないことはない。
確かに時を戻せば、全てをやり直すことが出来る。けれどそれは、今ある未来を崩壊させかねない危険な行為だ。それをクロノスも分かっているはず。だから彼女はリクがここまで追い込まれても時を操るような真似はしなかった。時の理を大きく崩すだけではない。…いくら時の精霊でも、彼女自身にもリスクがあるからじゃないのか?
――リクは自分の代わりになる存在を望んでいない。先ほどの言葉を聞いていなかったのか!? "時を吸収"し続ける目の前の精霊の名を、ユーリは叫び続ける。けれど彼女は強気に微笑むばかりだった。


「今の私が戻せる時間はたかが知れているけれど…これが、私の覚悟よ」


クロノスが囁いたその瞬間、奇妙な空間は終わりを告げた。ユーリたちの立つ景色は元の色を取り戻し、クロノスを取り巻くエアルは消えている。
ユーリは呆然と動かなくなったクロノスを見つめた。"あの菫色の光はこの広間から消えている"。喉からこみ上げる声を耐え、ユーリは鞘を投げ捨てながら背後を振り返った。


「聖なる意思よ、我に仇名す敵を討てッ!! ディバインセイバーッ!!!」


声が聞こえる。もう、一生聞くことが出来ないと思っていたあの声が。
振り返ったユーリの目の前で眩いほどの白い雷が轟き、地面を揺らす。…相変わらず、馬鹿みたいに強力な魔術を使う奴だ。ユーリは瞼に集まる熱に気付かないフリをして、目の前のことに集中した。
白い雷が治まった直後、ユーリはこちら側に倒れてくる黒い巨体を視界にいれた。…分かる。これはリクと一緒に結晶の中にいたあの魔物だ。今、世界のエアルを乱している元凶。リクが命を懸けて結晶に閉じ込めた強敵。
けれど相手は、まだこちらに気付いていない。リクの魔術で意識を失ったのか。それとも、ただリクにだけ集中しているのか。…どちらでも構わない。この魔物がいる限り世界に、リクに、平穏は訪れない。


「だあああああぁぁぁ!!」


ユーリは、その魔物に向けて剣を突き立てた。背後から突き立てられたそれが予想外だったのか、魔物は真っ赤な瞳を大きく見開き、ユーリへと振り返る。


「き、貴様…っ! いつから、そこにっ…!!」
「――未来からだよ」


黒く焦げたその巨体が動き出す前に、ユーリは突き立てた剣を力任せに振りぬく。腹から肩にかけて魔物はその身体は真っ二つにされた。
聞くに堪えない断末魔が広間に響く。魔物はそのまま数秒痙攣したかと思うと、そのまま動かなくなった。
…わずか数秒のことだった。ユーリは荒れた呼吸を整えようと深呼吸を繰り返したが、うまくいかない。心臓まだ煩く鳴り続いている。…本当にやったのか、オレが、この手で。


「………ゆーり…?」


か細い声に、ユーリはハッと顔を上げた。
視線を向けたその先に、見るにも耐えないほどボロボロになった少女が一人立っている。…なんて姿だ。ユーリは再び泣きたくなった。結晶の中の彼女は魔物の触手のようなものに貫かれ、血まみれの状態だったが、貫かれる前からこんなに酷い状態だったのか。…こんな状態で、最後まで戦い続けたのか。
声をかけたかった。けれど、改めて彼女を前にしてユーリは言葉を見つけ出すことが出来なかった。…あまりにも、言いたいことがありすぎて。


「…リク、」


けれど、何よりも最初に。彼女の名を呼ぶべきだと思った。
一度口から零してしまえば、その途端に塞き止めていた想いが溢れ出る。自分が彼女を何よりも大切にしていたこと。何よりも守りたかったこと。…誰よりも愛していたこと。
ユーリは唇を噛みしめ、一歩一歩確かめるように踏みしめ、リクの元に歩み寄る。


「リク…っ!!」


しかしその足は、数歩進んだところで止まった。目の前のリクにあと少しで手が届くというその距離で。ユーリは呆然と止まった自分の足を見下ろす。――そこでやっと、自分の腹を貫いているものに気が付いた。
喉から溢れ出た自分の血が、地面を穢していく。…視線を背後に向ければ、虫の息である魔物の赤い瞳が、ユーリをギラギラと睨み付けていた。


「…ああ…ああ、そんな…そんなっ! ユーリッ!!」


光のなかったリクの瞳がユーリを映し、見開かれる。リクはそのまま怪我をしているのである足を引きずりながらユーリに駆け寄ってきた。
…しかしそれを、あの魔物が見逃すはずがない。ユーリから引き抜かれた触手が、今度はリクに狙いを定めて襲い掛かっていく。ユーリが重傷を負ったことに夢中なリクはそれに気づくこともなかった。
駆け寄ってきたリクを、そのままユーリは迎え入れる。彼女に襲い掛かった触手から守るように胸に抱え込んで。――リクを狙っていた触手は、ユーリの左肩を貫通した。…もう一撃打ち込んでくるかと、ユーリは白くなりかけている頭で予測したが、魔物がそれ以上こちらに攻撃をしかけてくることはなかった。…本当に、最後の足掻きだったのだろう。動かなくなった魔物を見て、ユーリは今度こそ口端を上げた。


「い、いや…まって…すぐに、治すから…っ!!」
「……ばーか、そんな元気が、あるなら…自分のを、なおせ」


そのまま力が抜けたユーリは、抱え込んでいたリクごと地面に倒れこんだ。大量の血が自分の身体から抜けていくのが分かる。…痛い。死ぬほど。喉から出るのは自分の血ばかりでまともに呼吸ができない。声も霞んでしまう。…せっかく、目の前に生きているリクがいるというのに。伝えたいことが、山ほどあるのに。
自分こそ自分と同じく血塗れだというのに、リクはユーリの言葉も聞かずひたすら治癒術をユーリにかけた。けれど限界に近い彼女の治癒術ではユーリの重傷を治すことは不可能だった。痛みを和らげることすらできないその魔術に、ユーリは苦笑いを浮かべる。…彼女は、こんなに自分を追い込んで戦っていたのかと。


「なんで…なんで、ここにっ…!? 誰もここに来られないはずなのに…! 私だけのはずなのに…っ!!」
「はは…こっちにも、いろいろあったんだよ…。いまは、どうでもいいが…」


ああ、かっこ悪い。時間を巻き戻してまで助けに来たというのに、結局自分はリクを泣かせているだけだ。…でも、けれど、リクを助けることは出来た。ここで命を落とすはずのリクを、救うことが出来た。
やっと、守ることが出来たんだ。
ユーリは満足げに笑いながら、ボロボロと大粒の涙を流し続けるリクの頬に触れる。…片目を自分の血で閉じているリクに、今の自分はちゃんと映っているだろうか。…いや、見えていなくてもいい。声だけでも届いてくれていれば。


「……リク、死ぬな」


ユーリの小さな声に、リクの嗚咽が止まる。


「お前を守れなかったこと…忘れちまったこと…あやまってもたりないことは、わかってる…でも、おまえもかなり、無茶、したから…おあいこ、だろ」
「…ユー…リ…」
「でも、死ぬことだけは…おまえが、死んじまうのは…さすがにオレも、無理だ。…それだけは、絶対に……許せない」


あの約束を破ろうと思ったことはない。けれどその以前に、ユーリはリクの最期を許してなどいなかった。
最期を望んでも尚、ユーリに傍にいてほしかったのがリクの我儘だったように、何が何でも彼女の死を受け入れないことが彼の我儘だった。たとえそれが耐えようのない現実だとしても、ユーリは無謀ともいえる望みを捨てられない。
不幸になりたいのならそれでもいい。世界がどうしても彼女を忘れようとするなら、それを受け入れるしかないだろう。けれど彼女が死ぬということはだけは、絶対に許してはならない。…死は全ての希望を、望みを、かき消してしまうのだから。


「忘れても…オレが、お前を、追いかけてたように……死なねぇ限り、望みは続く…だから、あきらめんな……足掻くなら、最後まで足掻け」


ユーリは、冷え切っていく自分の身体をすんなりと受け入れていた。
リクは恐怖に怯えた顔をしている。あんな魔物を前にしても勇敢に立ち向かったというのに、ユーリという一人の人間の死に怯えている。…ああ、それ。オレも二年前に体験したんだぜ。ユーリはそう口端を上げた。
大丈夫だ。この時間には、この時間のユーリがいる。ここで自分が死んだところで影響は出ないはずだ。この時間の自分も、ここまで来るはずなのだから。……問題は、目の前にいるリクだ。彼女がこの先、ユーリの死を前にしてどんな行動をしてしまうのかが分からない。
彼女の『過ぎた正義』を振りかざしてしまう未来は、目に見えている。だからユーリは、彼女を宥めるように言葉を並べるのだ。――死ぬなと。


「リク、オレも幸せだったよ。……ガラじゃねぇけど…お前に、会えて…ほんとうに良かったと、思ってる…」
「ユーリ……ユーリ…っ!」
「だから、マジで…頼むからな…。リク…やっとお前を、守りきれたんだからさ…」
「ユーリっ!!」


その言葉を最後に、ユーリの瞼はゆっくりと閉じ、そしてそのまま開かなくなってしまった。
目の前で大切な人の死を見てしまったリクは、自分の大怪我も忘れ、ひたすらその絶望に絶叫する。
大声を上げて悲鳴に似た泣き声を上げるリク。――そんな彼女の慟哭に反応するかのように、時を戻してからずっと動かなかったクロノスの手が、ピクリと動いた。
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