「そういえば、ギルドを作って何をするの?あなたたち」


陽もすっかり沈み、本格的に夜が訪れ始めた頃。焚き火を熾していたジュディスが唐突にカロルとユーリを見て疑問を投げかけた。
私とエステルは顔を見合わせ、ユーリは考えていなかったらしく、顎に手を添えて考えている。はっきりとその質問に答えられたのはカロルだけだった。


「ボクはギルドを大きくしたいな。それでドンの跡を継いで、ダングレストを守るんだ。それが街を守り続けるドンへの恩返しになると思うんだ」
「立派な夢ですね」
「オレはまぁ、首領(ボス)について行くぜ」
「え?ボ、首領?ボクが…?」


突然決まったことにカロルは驚いていたが、ギルドを作りたいと言い出したのはカロルだ。ユーリはその思いに賛同しただけ。
ギルドの首領はカロル。とりあえずこれは決まり。


「ふふっ…なんだかギルドって楽しそうね」
「ジュディスもギルドに入ってはどうです?」
「あら、いいのかしら。ご一緒させていただいても」


首領になったカロルが嬉しそうにユーリと笑う光景を見たジュディス。彼女の表情も楽しそうで、ギルドに興味が出てきたのは嘘じゃないみたい。
すぐにエステルとの会話を聞いたカロルが得意げに口を開く。


「ギルドは掟を守ることが一番大事なんだ。その掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達でも、兄弟でも。それがギルドの誇りなんだ。だから掟に誓いを立てずには加入できないんだよ」
「なんかかっこいいね!」
「でしょ!」


誇り。誓い。掟。
似たような言葉はあったけど、どれも私の世界に本物はなかったもの。たとえそれを掲げたとしてもきっと…普通なら馬鹿にされていただろう。
でもこの世界でそれが起こることは決してない。それはすごく素敵なことだと少し羨ましくなった。


「カロルのギルドの掟は何なんです?」
「えっと…」
「お互いに助け合う、ギルドのことを考えて行動する、人として正しい行動をする、それに背けばお仕置きだな」


掟に悩むカロルの代わりに答えたユーリ。それを聞いて、ユーリの前にいたエステルは嬉しそうに表情を綻ばせた。


「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために。義をもってことを成せ、」
「不義には罰を!…だよね、エステル?」
「はい!」
「掟に反しない限りは、個々の意思は尊重する」
「ユーリ…それ…」
「だろ?首領」
「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのため…。…う、うん!そう!それがボクたちの掟!」


カロルの公認も受け、「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために」。これがギルドの掟になった。言葉にすれば単純だけど、それ以上に重みのある掟だと思う。


「今からは私の掟でもある、ということね」
「そんな簡単に決めていいのか?」
「ええ、気に入ったわ。ひとりはギルドのため……いいわね」
「じゃあ…」
「掟を守る誓いを立てるわ。私と……あなたたちのために」


焚き火の明かりに照らされたジュディスの微笑みは相変わらず綺麗だった。彼女の口調からしてどこか軽いような気もするけど…ジュディスはこんなことを冗談で言う人じゃない。


「あんたの相棒はどうすんだ?」
「心配してくれてありがとう。でも平気よ、彼なら」
「相棒って…?」


そういえば、カロルたちはあのときガスファロストにいなかったから、ジュディスの相棒のことを知らないんだ。
言い訳をどうするのかと彼女を見てみたが…流石はジュディス、嘘を言わずに正体もうまくごまかした。


「…じゃあ今日からボクらがジュディスの相棒だね」
「よろしくお願いね」
「よろしく!」
「ワンッ!」


カロルと一緒にラピードも元気よく返事を返し、ジュディスも微笑む。彼女のギルド加入が決まり、残されたのは私とエステルだけ。
隣にいるエステルをちらりと覗いてみると、彼女の表情は少しだけ沈んでいた。


「わたしは…」
「…ま、とりあえず今日は休むか」
「そうだね。くたくたなの忘れてた」


カロルがそう嬉しそうに微笑むとみんなはそれぞれ野宿の準備をし始めた。ダングレストから離れたのはいいものの、ここには結界もないし、いつ魔物が襲ってくるか分からないから、ちゃんと見張りも立てなくちゃいけないし…
そういえば、こうやって野宿するのは初めてかもしれない。前まではなんだかんだで宿屋に泊まれてたからなぁ…。


「眠らないのか、リク」
「ユーリ…」


そうじっと空を見上げている間に、カロルやエステルは横になっていたようだ。今起きているのはラピードとジュディス、そして目の前にいるユーリだけ。
声をかけてくれたユーリに微笑みを返しながら、私は再び夜空を見上げた。


「ユーリが担いでくれたおかげで、あんまり眠くないから。…もう少し星を眺めてみようかなって」
「本当に大丈夫なのか?」
「本当に大丈夫」
「そりゃ結構」


何度も確認してくるユーリに思わず苦笑を零すと、彼は私の隣に腰を降ろした。その距離の近さに思わずドキっととしたけど、ユーリは全然気にしてないみたいだから私も気にしないフリをして夜空を見上げる。
当然といったら当然だけど、この世界の空は信じられないくらい綺麗だった。ここは街から離れているから、余計に綺麗。こんな数の星を見たのは生まれて初めて…。


「…昨日は悪かった」
「え?」
「……だから、昨日の夜のことだよ」
「夜?………あっ!」


バツが悪そうに頭を抱えているユーリを見て、私はやっと昨日のことを思い出した。さっき背中に乗せてもらってるときも思ったけど…なんだかんだで私、あの時ユーリにだ、だだだ抱きしめられた…んだよね…?


「わ、私も…その…お見苦しいところを見せて…」
「…泣いてた理由、やっぱり言えないのか?」
「……ごめん…」
「謝んなよ」


ユーリは軽くため息を吐き出しながら私の頭を撫でてくれた。あのときの悩みは、他の誰でもなく私自身が解決することだと思うから…だから、言えない。悩み事を言うって約束を取り付けたはずなのに、強制的に聞いてこないユーリはなんだかんだで私の意志を尊重してくれている。


「…で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「え?」
「フレンにはああ言ったけど、お前が本当に帰りたいなら帰ればいい」
「……」


帰る。選択を迫るユーリの言葉に私は少し違和感を感じた。
私の本当に帰る場所は、下町じゃない。だからこのまま下町に"戻った"としても、私にとっては何の進展も起きやしないんだ。ユーリたちとこれからフェローを探しに行った方が私がここにいる理由にぐっと近づける。…そう分かっている半分、足手まといになるのはやっぱり嫌だって思うし…。


「無理してついていくことはねえよ。…胸の魔核(コア)のことも、オレがフェローに聞き出しといてやる」
「ユーリ…」
「…ただ、他の奴らはみんなお前と旅を続けたいって思ってること、忘れんなよ」


勿論オレも。
そう呟いたユーリの手が私の髪を梳き、親指が頬を撫でる。その動作があまりにも自然だったから、私はただ呆然と彼を見つめ返していた。美しい星空を背景に、整ったユーリの顔を月の光が照らして、なんだか幻想的だ。



「…絶対、一人で無理すんな」



こんなにも長い時間、ユーリと視線を合わせたのは初めてかもしれない…。そう思った私が現実に戻ったのは、それから数秒後。触れられた頬からゾクリと鳥肌がたってからだった。
その距離の近さに気付き、ユーリの手から逃れるために慌てて立ち上がる。


「わ、わわわわ分かった!あっ明日までには答え出す!」
「明日?…ははっそんなに急がなくても、まだトリム港は遠いぜ?」


下町に帰る選択をしたとしても、トリム港までは一緒だ。そう急いで決断することじゃない。…そんなことは分かってるけど、そのほかに今なんて言ったら良いか分からない!どうしてユーリはあの距離で平気でいられるの?わ、私が意識しすぎ?


「で、でも…みんなに変な心配かけたくないから…」
「はいはい。相変わらず周り第一だな、お前は」
「ユ、ユーリだって!」


今が夜で良かった。きっと、今の私の顔は人生でトップを争うくらい真っ赤だろうから。隣で笑いながら立ち上がり、焚き火の方へと戻っていくユーリの背中を恨めしげに見送りながら、私は頬を擦った。


「…リク」


みんなが眠っている場所へと歩いていたユーリの足が止まる。少し小さな声だったから聞き取りづらかったけど、彼は間違いなく私を呼んだ。


「お前がどう思ってるか知らねえけど…昨日お前を抱きしめてなかったら…今のオレがどうなってたか分からない」
「………え…」
「ありがとな、傍にいてくれて」


それだけ言って、戻ってしまうユーリの背中をさっきとは違う思いで見送った。さっきと同じように心臓は馬鹿みたいに鳴ってる。でも、さっきのような胸の高鳴りではなくて…


「(…やばい、泣きそう)」


こんなちっぽけな力も持たない私が、彼の支えになれたんだろうか。





***





朝。昨夜のことであまりよく眠れなかった私はなんとか身体をたたき起こして、出発の準備をした。昨日のことがあってか、心なしかいつもよりカロルが元気に見える。


「せっかくギルド、立ち上げたんだし、何か仕事したいね」


突然そう満面の笑みで言ったカロルに、ユーリは呆れの入ったため息を吐きながら「そう慌てるな」と返してエステルへと向き合う。エステルにこれからのことを聞くと、エステルはダングレストで自分を襲った喋る魔物…フェローを探すと言った。その答えにジュディスがフェローの居場所、コゴール砂漠について助言を入れる。
…うん、ここまではずれることなくシナリオと同じだ。


「でも、そこへエステル一人で行くつもりだったの?」
「え?あの…」


ジュディスから詳しい情報を聞いたカロルがエステルを見上げながら問いかける。今まであの魔物についてなにも知らなかったエステルは困惑したように視線を泳がせた。そんな彼女を見て、ほっとけない病のユーリがため息を漏らす。


「やれやれ…こりゃ護衛役続けとかねぇとマジで一人でも行っちまいそうだ。…なあ。これ、ギルドの初仕事にしようぜ」
「そっか!ここでエステル一人で行かせたらギルドの掟に反するよね」
「…そういうことね」


ジュディスもにこりと微笑み、ギルドの初仕事はエステルの護衛、ということになった。カロルが目を輝かせながら報酬の話をエステルに持ちかける。本当は仲間から金を取るなんてことはしたくないけど、カロル曰く、ギルドの運営にお金は欠かせないらしい。


「あ、あの…わたし、今持ち合わせないです…」
「だったら、報酬は後で考えても良いんじゃない?」
「報酬、必ず払います。だから一緒に行きましょう!」
「んじゃ、決まりだな」


本来ならば報酬は前払いか、前金というやつがつくんだろうけど…エステルは嘘をつかないし、報酬だってどんなものでもいい。…多分カロルはそう思ってるんだろうな。今は仕事がしたいって顔をしてるから。


「よーし!じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」
「ちょっ、それなんです?」
「ギルド名だよ」
「それじゃ駄目です!名乗りを上げるときに、ずばっと言いやすくしないと!」
「そ、そうなの?じゃあ…」


ギルドに入っていないエステルまでカロルの興奮が移ったのか、二人していいネーミングはないかと考え始めた。カロルのネーミングセンスは本当に尊敬するものがあると思う。そう悩まずとも、彼らにぴったりなギルド名はもう決まってる。


「凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)…」
「え?」
「……あっ」


カロルの声ではっと口を抑えたけど遅く、みんなの視線は全て私に注がれていた。…思わず口が滑ってしまった…。これで何回目だ自分…!!


「凛々の明星!夜空にあって、もっとも強い光を放つ星…リク、わたしと同じことを考えてたんですね!」
「え?えっと…まあ…」
「一番星か、格好いいね!」
「凛々の明星…ね。気に入った。それにしようぜ」


な、なんとか乗り切った…!


「大決定!じゃあ早速トリム港まで行って船を調達しよう!デズエール大陸まで船旅だ!」
「ヘリオードで休むのはもういいのか?」
「もうへっちゃらだよ!」


ヘリオードと言えば、悪い思い出しかない。エステルも魔導器(ブラスティア)の暴走について思い出したのか、心配そうに眉尻を下げている。そんな彼女の様子を見かねたカロルが、とりあえずヘリオードの様子見だけしようという提案をする。カロルも結構周りが見えてきたみたいで、なんだか嬉しい。


「んじゃまずはヘリオード、そのあとトリム港からデズエール大陸だな」
「じゃあ改めて………凛々の明星、出発!」
「ワンッ!」


意気揚々と歩き出したカロルになんだか温かいものを感じながら、私たちはヘリオードを目指した。そこに待ち受けるものがどんなものかも知らずに。


(ねえユーリ)
(ん?どうしたジュディ)
(昨夜のあれ、ああいうのは誰も見ていないところでするべきだと思うの)
(……見てたのかよ)
(ふふっリクったら顔を真っ赤にして可愛かったわね)
(…そうだな)

- ナノ -