…あれ、いつの間に眠っちゃってたんだろう…体勢も変わってる気がする…。私はうっすらと瞼を開き、誰かの背に乗っていることに気付いた。最初に視界に入ったのは隣を歩くカロル。
「…あれ。カロル…無事だったの?」
「リク!起きたんだ!」
「気分はどうです?どこか痛いところは?」
「特には…」
眠っていたからか、ぼーっとしてしまったけどすぐにこの背が誰のだか気付いてぎょっとした。黒髪だなんてこのなかで一人しかいない。
「うわっ!ユーリ!ごっごごごごめっ…!!」
「あーはいはい、まだもう少し大人しくしてろ。もうじき街を出るからな」
「う、うん…」
な、なんだかとても申し訳ない…私、最近気絶してばっかりじゃない?ユーリも表情が見えないから分からないけど…なんだか怒ってるような気がする…
私が身を縮こませたそのとき、ユーリの足元を歩いていたラピードが目の色を変え、何かを威嚇し始めた。
「グルルルル…」
「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」
なんだか癖のある男の声。ユーリたちが足を止めたので、私も恐る恐るユーリの背中から目の前に立っているであろう男を見た。
なんていう派手な男。気味の悪い化粧もしていたが甲冑をしているので一応騎士だろう。その甲冑でさえ薄紫という趣味の悪い色をしていたが。
「わざわざ海まで渡って、暇な下っ端どもだな」
「くっ…君に下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。さ、姫様、こ・ち・ら・へ」
いつも通りの皮肉を並べ、男の顔は歪む。…この趣味の悪い偉そうな騎士がキュモール。貴族の力だけで隊長の座にいる奴だ。多少ゲームだから許せたその外見を生で見ると、なんだかますます気分が悪くなりそうだ。
「え、姫様って…誰?」
「姫様は姫様だろ。そこの目の前のな」
「え…ユ、ユーリ…どうしてそれを?」
「え…エステルが…姫様?」
「やっぱりね。そうじゃないかと思ってた」
「ヨーデルと仲良かったしね」
「え、リタも…リクも?」
置いていかれているのはカロルだけのようで「ちょ、ちょっとまってよ…」と苦笑いをユーリやリタに向ける。しかし沈黙を返され、カロルは開いた口が閉まらないようだ。エステルが一歩踏み出し、キュモールの前に出る。
「…彼らをどうするのですか?」
「決まってます。姫様誘拐の罪で八つ裂きです」
「誘拐されたのは私…」
「待ってください!わたしは誘拐されたのではなくて…」
「あ〜、うるさい姫様だね!こっちに来てくださいよ!」
キュモールの後ろにいた部下達が前に出てきて私達に剣を向ける。キュモール自身も剣を抜いて、あろうことかエステルに向けた。
「エステル…!」
「そっちのハエはここで死んじゃえ!」
「―――ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」
まさか無理矢理エステルを連れて行くつもりか。そうみんなが身構えたそのとき、聞き覚えのある声がキュモールの背後から聞こえた。
こちらに走り寄ってくる三人の影。甲冑が揺れて音を鳴らしていた。
「げっ…貴様ら、シュヴァーン隊…!待ちなよ!こいつは僕の見つけた獲物だ!むざむざ渡さんぞ!」
「獲物、ですか。任務を狩り気分でやられては困りますな」
「ぐっ…」
ルブランたちだ。帝都で会って以来、しばらく見ていなかったが、キュモール隊より全然騎士らしく見える。普段の情けない風貌とは真逆だ。彼のびしっとした雰囲気に思わず拍手を贈りたくなる。
「それに先ほど、死ね、と聞こえたのですが…」
「そうだよ、犯罪者に死の咎を与えて何が悪い?」
「犯罪者は捕まえて法の下で裁くべきでは?」
「……ふん…そんな小物、お前らにくれてやるよ」
騎士同士の口喧嘩は見事、ルブランの勝利。キュモールは剣を納め、文句をぶつぶつと言いながら街を去っていく。
「シュヴァーンといい、フレンといい、貴族でもなく成り上がりのくせに偉そうに…これというのも、あの騎士団長が…」
それをルブランはじっと見送り、キュモールの姿が見えなくなったと思うと真剣な表情を緩め、腰を低くしながらエステルの下に駆け出す。
「ささっどうぞ姫様はこちらへ。あ、お足元にお気をつけて…」
「あの、わたし…」
「こちらへどうぞ!」
後ろに控えていたボッコスも腰を低くしながらエステルの道を誘導する。…急にいつもの三人に戻った気がして、自然と肩の力が抜ける。
「こやつらをシュヴァーン隊長の名の下に逮捕せよ!」
「ユーリ一味!大人しくお縄を頂戴するのであーる!」
「一味ってなによ!…なにすんのよ!はなせ!あたしを誰だと…」
「ボ、ボクだって何もやってないのに〜!」
アデコールがルブランの掛け声でリタとカロルを拘束する。ここからの展開を分かっていた私は小さく溜息をついて、ユーリの肩を叩いた。
「ユーリ、もう大丈夫だから降ろして」
「この状況で降ろせるわけねえだろ」
「ここは大人しく捕まった方がいいでしょ?私をおぶったままじゃアデコールさんがユーリを拘束出来ないし」
「わざわざ拘束されろってのかよお前は…」
「こらユーリ・ローウェル!リクさんから離れるのであーる!」
アデコールの介入もあり、ユーリは大きな溜息を吐いた後、仕方ねえなと私を降ろしてくれた。それと同時にアデコールがユーリの両手を拘束する。
「あれ、私も捕まえなくていいんですか?」
「リクさんは我々で保護するのだ!」
「…彼らに乱暴しないでください!お願いです…」
「エステル、心配しなくてもいい」
「ユーリ…!」
私はエステルと同じような扱いを受けるようなことになる。ボッコスが駆け寄ってきてエステルの隣まで誘導させられた。…なんだかリタとカロルは捕まってるのに悪いな…
「いいから、きりきり歩くのであーる!」
「いてっ、ちょっと引っ張るなよ…!」
「シュヴァーン隊長、不届き者をヘリオードへ連行します!」
ルブランたち三人が上の方に向けて敬礼をする。視線をそちらに向けてみると、高台に立派な甲冑を身に纏った男が手を上げて返事をしていた。あのオレンジ色の服、見覚えがある。遠くてあまり顔は見えないが、間違いなくあのとき城の前で会ったシュヴァーンだ。
「全員、しゅっぱ〜つ!」
「……」
ルブランの掛け声で全員が動き出す中、私はじっと高台にいる彼に視線を向けていた。雨がしとしとと私の顔を濡らしていく。私の視線に気付いているのか、シュヴァーンはそこから動かない。…こっちに視線を向けているのかいないのかは遠すぎて分からなかった。
「…リク、やっぱり調子が悪いのか?」
「あっううん、違うの。ごめん、行こう」
戻ってきてくれたユーリに謝罪して、私はシュヴァーンから視線を外した。
胸の石は、まだ熱を帯びているような気がした。
***
新興都市ヘリオード。まだ作られて間もない、ギルドの街ダングレストとカプワ・トリム港を繋いでいる発展途上の街。…私がこの街について知っているのはこれぐらいだ。あとは密かに重労働をしいられている住民がこの街にたくさんいるということだろうか。
「ユーリたち大丈夫かな…」
ヘリオードについてすぐ。私はユーリたちとは別の部屋で待機させられた。勿論、エステルとも。恐らくユーリたちは今、今までの罪(下町で引き起こしたのも含む)を長々とおさらいしている頃だろう。どちらにしてもすべてエステルやヨーデルたちによって白紙になるんだけど…
「ちょっと様子を…」
見に行ってみようかな。この騎士団本部の建物のどこの部屋にいるのかは分からないけど、こんな誰もいない部屋にずっと居続けるよりはマシじゃないか。
とりあえず部屋を出ようとドアノブを手にかけ、扉を開いたそのとき、視界に入ったものに言葉を失う。
「………」
「………」
「……え、と…シュヴァーン…さん…?」
沈、黙。
どっ…どうしよーう!!なんで扉を開けたらシュヴァーン隊長がいるんですか?!いや、もしかしたらずっとここにいて私を見張っていたのかもしれない、けれども!まったく返事も返してくれないし、動かないし、私は一体この状態からどうすれば…?
「あっ、えと…何か、御用、ですか…」
「逆だ。ここに立ってお前に何か不憫があれば対処する。それが俺の任務だ」
「え…あ…そう、ですか…」
やっぱり私がここに入れられてからここに立ってたんだ…。全然気がつかなかったよ…。…でも、なんでシュヴァーンがそんな任務をしてるんだ?扉の前に立つだなんて門番みたいな仕事、もっと下っ端の騎士がするはずなのに…
「と、とりあえず中…入りませんか?」
「結構だ」
「ですよね…」
というか私よりもエステルとかヨーデルの護衛につくべきなんじゃないか?皇族だぞ皇族!隊長格が護衛しなくて誰がするんだ!なんで一般人の私の傍に隊長格がいるの!
「…あの、ユーリたちのところに行きたいんですけど…部屋、知ってます?」
「ユーリ・ローウェルとその一味は現在尋問中だ。立ち入りは恐らく出来ない」
「じゃあいつ終わりますか?」
「分からない」
今、シュヴァーンと口をきいている自分を褒めてやりたい。昔だったら絶対引き返している。
シュヴァーンもシュヴァーンだ。どうしてこう裏と表とで性格が正反対なんだろう。あのときはあれだけマシンガントークをしていたくせに!
「せめて外に出ることは出来ませんか?こんな窮屈なところにいつまでもいれません」
落ち着きがないと思われるかもしれないが、そちらの方が良い。どこか違う場所を向いていたシュヴァーンの空色の瞳が私へと向けられる。視線だけなのにとてつもなく威圧を感じるのは、やっぱり騎士隊長だからなのか。
「…もうじき騎士団長がいらっしゃる。その後なら自由だろう」
「騎士団長…?私に会いに来るんですか…?」
「そうだ」
騎士団の最高責任者である騎士団長が、フレンの最終目的である騎士団長が、なんで私なんかにわざわざ会いに来るんだ!?私なんかしたっけ…いや、悪いことしたならユーリたちと一緒に捕まってるか…でも、…どうしよう…!
「(喋れる自信が…!)」
「噂をすれば、だな」
「えっ!?」
シュヴァーンが、寄りかかっていた壁から身体を離した。私から見えないが、彼が視線を向けている方向から騎士団長が歩いてきているのだろう。形だけの敬礼をし、シュヴァーン自ら扉を開く。
「初めましてリクさん。私は騎士団長のアレクセイだ」
いや、ちょっと待ってくれ…私は全然心の準備が出来ていないんだが…
(シュヴァーンとアレクセイのダブルって…全然嬉しくないよ!)
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