「ありがとうございます。おかげで助かりました」


騎士団の船に揺られ、一行はカプワ・ノールの対岸へと辿り着いた。船を降りて早々、容態が安定してすっかり元気になったヨーデルが助けてくれたユーリに対しお礼を述べる。


「ね、こいつ誰?」
「え、えっとですね…」
「今、宿を用意している。詳しい話はそちらで。…それでいいね?」


ヨーデルの前だからか、すっかり仕事モードのフレンにちょっと背筋が伸びた。ヨーデルも騎士に囲まれているせいか、同じ人だというのにまったく次元の違う人のように見えた。…そんな私の視線に気付いてくれたのか、ヨーデルは目が合うとにこりと微笑んでくれる。
その後ヨーデルはフレンたちに連れられて宿屋へと向かった。


「それじゃ、俺達も行きますか」
「ちょ、ちょっと待ってよユーリ!その前にこの人のこと紹介してよ!」
「…忘れてた」


そのままいつもの足取りで宿に向かおうとしていたユーリをカロルが慌てて止める。そのおかげでみんなの視線が私に集まり、今度は背中に嫌な汗が流れてしまった。
…否、逃げちゃ駄目だ私!自己紹介ぐらいちゃんとやらないとこれからやっていけないぞ!


「初めまして…リクっていいます…ええと…一応ユーリと同じ下町の出身なんだけど…」
「それで、なんであいつらに攫われたのよ」
「ヨーデルが攫われてるところを偶然見ちゃって、気付いたら…って感じかな…?」
「うわあ…運がなかったね」


まったくもってその通りだ。カロルの同情にも苦笑いしか返すことが出来ず、私は脱力した。よく考えてみるとあんなデンジャラスな展開でよく生き残ったな私…


「私はエステリーゼっていいます。エステルって呼んでください!」
「これはご丁寧に…」
「ボクはカロル・カペル!ギルド魔狩りの剣のエースなんだ!言っておくけど、ギルドっていうのはリクを誘拐したような悪いところばかりじゃないからね!」
「う、うん…分かってるつもりだけど…」
「リタ・モルディオ。アスピオの魔導士よ」
「魔導士って頭いいんだよね…?すごいなあ」


一人ひとりが丁寧に私に自己紹介してくれる。知ってたけどね!とは口が裂けても言わない。リタなんか私が呟いたことに頬を赤らめて本当に可愛い。エステルも繋いだ手を暫く外さなかったし、カロルは想像以上に小さくてこれまた可愛い。


「ユーリ・ローウェル。下町出身の賞金首」
「ユーリは知ってるし…ていうか賞金首って…」
「今はフレンさんが言ってくれるからいいけど、普通だったらもう捕まってるよもう!」


流れに乗ってふざけてきたユーリにカロルがつっこみを入れた。そういえばユーリはエステル誘拐(誤解だけど)の罪で賞金首になっちゃってるんだよね…。あの似顔絵は酷かった…なんでみんなあれでユーリだって分かるんだろう…


「ヨーデルと一緒に誘拐されたって…大丈夫だったんです?怪我とかありませんか?」
「あ…はい。大丈夫ですよ」
「そんな敬語じゃないくいいです!歳だって同じくらいなのに!」


あれ、そうだっけ?エステルに言われて初めて彼女の年齢を思い出す。確かに私と同じ18歳だったような…。だってエステルってヨーデル同じ皇帝候補でしょ?そう考えるとなかなかタメ語なんて難しい。…そう思ったけどエステルの目の輝きにとりあえず頷いた。


「ねえ、リクは話を聞いたらどうするの?帝都に帰るの?」
「え?ええと…」


下町の水道魔導器(アクエブラスティア)が盗まれたことは船でユーリとフレンに聞いたから話題にだしても構わないんだけど…ついていくとなると考えものだ。私は下町で大人しくしてた方がいいんじゃないかなあ…


「ま、考えとけよ。着いてくるってんなら別に止めねえし(フレンは怒ると思うが)」
「あっボクも大歓迎だよ!」
「私もです!ねっリタ!」
「まっまあ、あたしの研究の邪魔しないんだったら…いいけど…」


エステルに肩を押され、私の前にやってきたリタは視線を外し頬を赤らめながらそう言ってくれた。なんだかこんな同い年くらいの女の子に会うのは久々なような気がする。なんだかじーんとしてきた。


「?どうかしました?」
「あ、いや…なんでもない…(もうなんか可愛い…!)」
「?」


テレビ越しに見るのと実物を見るのでは違いすぎる。そんな私の気持ちを読み取ったのか、足元でラピードが呆れたような溜息を吐いている。私は軽く目頭を押さえながら先を歩くユーリたちに着いていった。




***






「こいつ…!」


宿に入りフレンたちがいるという部屋を訪れて早々、リタが憎らしげにそう呟いた。部屋の奥、ヨーデルの隣にこの誘拐の首謀者であるラゴウが、悪びれもせずにそこに立っていたのだ。


「おや、どこかでお会いしましたかね?」
「船での事件がショックで都合のいい記憶喪失か?いい治癒術師、紹介するぜ?」
「記憶喪失も何も、あなたと会うのはこれが初めてですよ?」
「何言ってんだよ!!」


ラゴウのしらばっくれように、カロルが怒声を上げる。確かにユーリたちはあのラゴウ邸の地下を見ているはずだからラゴウとは顔を合わせているはず。…私ともそこで顔を合わせた。でも、こうなることは分かってたので、私は怒る気にもなれずにみんなの一番後ろからその様子を眺めていた。
そのとき、黙って聞いているだけだったフレンがラゴウの前に出る。


「執政官、あなたの罪は明白です。彼らはその一部始終を見ているのですから」
「何度も申し上げた通り、私の名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。いやはや、迷惑な話ですよ」
「ウソ言うな!魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」


リタが必死に声を荒げた。確かにラゴウ邸の地下にあったのは魔物の骨だけではなかったような気もする。私はなんとか生き延びたが、そうでない人たちはきっと…


「…地下の檻を私が必死に壊してたとき…慌てて来たのは確かにあなたですラゴウさん。そんな趣味の悪い格好…あなたぐらいしかしないと思いますけど」
「なっ…!」
「リク、お前もあそこにいたのか…!?」


ラゴウだけでなく全員の視線が突き刺さり、そこまで予想してなかった私はびっくりしながらも頷いた。まるで信じられない、とでも言いたげなみんなの視線はそのまま怒りのものとなってラゴウに注がれる。
…ここででしゃばるべきじゃなかったかな…


「…ラゴウ、今はあなたを信じましょう。…本当にあなたは何も関係ないんですか?」
「ぐっ…!」


ヨーデルの声がラゴウを貫く。…あれ、確かこんな台詞なかったぞ…?もしかしたらここでラゴウが捕まっちゃうかも…?…いや、それはいいことなんだけど…でも…。
私がそう悶々している間に、ラゴウはフレンへと振り返る。


「フレン殿、貴公はこのならず者たちと評議会の私とどちらを信じるのです?」
「フレン…」


苦し紛れにフレンへと振った。ユーリは彼に決断を迫るように呟く。でも、フレンは眉間に皺を寄せたまま俯いてしまった。ラゴウは途端にニヤリと口端を上げる。


「決まりましたな。では、失礼しますよ」

そしてラゴウは何事もなかったかのように部屋を出て行った。扉に一番近い位置にいた私をひと睨みした後に。…多少でしゃばってもシナリオは修復されるらしい。場違いと思いながらも私は安心した。
…だから、ひと行動する勇気に少し湧いた。


「リク?!」


ラゴウの後を追うように部屋を飛び出した私をエステルが呼んでいたが、その声を気にしている暇もなく私は出て行ったラゴウを探した。悪人は逃げ足が速いというが、まさにその通りだ。
そしてやっと宿屋の出入り口で今にも宿を出そうなラゴウを見つけて、慌てて駆け寄る。


「ラゴウさん」
「……あなたは…まだ何か用があるのですか?」
「え、ええ…まあ…」


ラゴウはそれなりに歳をとっているためか、年長者の威圧というやつか…私はせっかく勇気を出したのに思わずどもってしまった。こんなにも敵意剥き出しの視線を注がれるのは初めてかもしれない。


「…ここで捕まっておかないと、痛い目に合いますよ」
「だからそのことは私ではないと言っているでしょう」
「評議会の権力を振りかざすのもいいですけど、そのままじゃいつか誰かの恨みを買います」
「はっはっそれは結構。誰かの恨みをかって闇討ちでもされると言いたいのですか?そんなこと…」


今、自分で答えを言っちゃったから私はただ肯定の視線を注ぎ続け、その視線に気付いたラゴウははっと口を閉じた。私はにこりとだけ笑い、ラゴウよりも先に宿を出た。ちゃんと彼に「お気をつけて」と捨て台詞を呟いて。


「(…何。私なんか決まってなかった?!)」


宿を出てしまった後、私は宿を出るラゴウに見つからないように早足で宿から離れる。大丈夫。カプワ・ノールの町はゲームで大まか見てるから迷うことない。
…いや、違う。そんなことを言いたかったわけじゃなくて、凡人並みの勇気しか持ち合わせていなかった私があんな怖い人を前にあんな言葉を言ってしまった。なんでだ。そりゃ言いたかったことだけども。
もしかして誘拐されたことでちょっとは度胸がついたのかも。


「(だとしたら嬉しい!これからのことも考えると度胸は大事だから!)……うわっ!」
「おっと」


あまりにも興奮しすぎて前を見ずに歩き続けていたら誰とぶつかってしまった。…しまった!油断したとたんにこれだよ!


「す、すいません!私、前見てなくて…!!」
「こちらこそごめんねー?おっさんいつもふらふらしてるから」


ん?おっさん?
頭を下げた私はその声を聞いて頭を上げる。目の前の紫色の羽織を着た男は半開きの瞳を私に向けてどうかした?と首を傾げていた。


(レ、レレレレイヴ…っ!えっ…?!)
(なになに?おっさんの顔になんかついてる?)

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