こんなこと、みんなが知る必要はなかったんだよ。そんな意味もない。
だから私は伝えなかったし、このまま最後を迎えるつもりでいた。
ユーリに記憶を共有されたのは予想外だったけど、いつかみんなにも気付かれてしまうかもしれないって思ったからあの部屋に閉じこもっていようと思っていたのに。
みんなが私をあきらめないでいてくれると分かっていた。だから…だから…。


「リク姐?」
「ん? どうしたのパティちゃん」
「朝からずっと顔色が優れないのじゃ。どこか痛むのか?」
「…ううん、そんなことないよ。パティちゃんの方が大変だったのに、変な心配かけてごめんね」


私がエフミドの丘でデュークと話した翌朝、リタの故郷であるアスピオを押しつぶして、古代の塔タルカロンが地中から出現した。
山のように巨大なその塔は、星喰みに対抗するためにデュークが出現させたもの。あの塔の力を利用して目的を果たそうとしているんだ。
今すぐにでもその塔に向かいたかった私たちにフレンが今、窮地に立たされていると報せが届く。報せに来たソディアとは微妙な空気になったけど、私はそれどころじゃなかったら気にすることはできなかった。


「早くフレンのところに行かなくちゃね」


フレンのいるピピオニア大陸。魔物を統制していたアスタルのいなくなったあの大陸でフレンは魔物の大群に襲われている。
きっと、今すぐ助けにいかなければ間に合わなくなるだろうから。




***




「…レイヴン、とりあえずその手を放してやってくれ」


昨夜、レイヴンに問い詰められたその時、黙っていることしかできなかった私。レイヴンはそんな私に苛立ったのか、更に押さえつける力を強くしていた。
ユーリとエステルがその場に合流してきたのはその時だった。後から聞いた話、シルフはエフミドの丘というだけで何も教えてくれなかったらしい。パティちゃんが眠っているから、カロルとジュディスは留守番。ユーリたちは二手に分かれて私を探してくれていたのだと。
現れたユーリの声に、レイヴンは目を丸くしながら私を開放してくれた。


「…ユーリ、お前さんまさか…」
「ああ。…知ってたよ」
「!?」


話を聞いていたのか、エステルやリタは更に顔を青くした。
ユーリの一言に何かを察したのか、レイヴンは私に背を向けると、今度はユーリに詰め寄る。


「ちょっと勘弁してよ、青年。…知ってたってどういうこと?」
「リクの聖核がなくなったら、こいつ自身がどうなるのか…。そして、こいつがその最後の覚悟をしてるってことだ」
「最後って…リク…っ!?」
「待って、待ってよ! 一つずつちゃんと説明して! このまま精霊化を進めたら…聖核を失くしたらリクが死ぬって本当なの…!?」


リタの問いかけに、ユーリは私へと視線を向けたが、何も反応することはできなかった。知られてしまった以上、ちゃんと説明するしかないのかもしれない。…でも、全部話してしまったら今までやってきたことが――。
私は首を振った。これ以上誤魔化すことは無理だ。


「みんなだけに話すわけにはいかないよ。ジュディスたちの前でもちゃんと説明しないと…。だから、もう少しだけその話は待っててくれる?」
「リク、駄目です! 待てません…!」
「明日。デュークにもフレンにも動きがある。…その後からでも遅くないから。お願い、もう少しだけ待って」
「デュークはともかく、フレンにもって…?」


私はそれ以降、一言もみんなと話すことはなかった。
ユーリは黙って肩をたたいてくれた。でもユーリ自身、全てを知っているわけではないから、私の話を聞きたいはずなのに。
みんなの視線がすべて私に向けられている。それでも、私は沈黙を貫いた。




***




ピピオニア大陸に到着し、一番早く目についたのは凄まじい土煙だった。
アスタルを失った大陸中の魔物があの一か所に集まっているらしい。あの土煙の中、フレンは大量の魔物と戦っている。
あの中になんの策もなく飛び込むのはいくらなんでも無謀すぎる。


「…リタ、例のリタ製宙の戒典(デインノモス)、使えないか?」
「星喰みぶっ飛ばすみたいに、魔物を蹴散らすってか?」
「そうね……精霊の力に指向性を持たせて結界状のフィールドを展開し、魔物だけを排除、か……出来るはずよ」
「でも、それは星喰みに対するためのものでしょう?」
「けど、それしかなんとかする方法思いつかないよ」


リタが昨日から作っていた宙の戒典。…に近い装置。それが完成していたらしいが、それは対星喰み用に作成していたもの。こんなところで使っていいのかとジュディスは首をかしげたが、リタはこれくらいのことをしなければ到底星喰みに太刀打ちできない、と軽くそれを了承する。
リタ製宙の戒典。では名前があれだというカロルの提案で、その装置の名前は『明星壱号』と名付けられた。
明星壱号を魔物が一番集まっているところで起動させればそれでいいらしいが、それは一番危険なところまで行かなければならないということだ。それでも簡単だな、というユーリは度胸があるというかなんというか…。


「これで魔物は退けられる。でも…」
「…大丈夫だよ、リタ。早くフレンを助けよう」


ふと不安げなリタの瞳が私へと向けられた。
リタは、精霊化が星喰みに対抗できる唯一の手段だと信じてこの明星壱号を作成した。しかし昨日のデュークの話…このまま精霊化の方法で世界を救えば、私が死ぬという話を引きずっているのだろう。
このまま精霊の力を頼る方向で方法を探していていいのか。いつも一つの道を信じてきたリタに迷いを生ませてしまった。…ああ、もう…だから嫌だったのになぁ。
私はリタに笑いかけたのを最後に、再び口を閉ざした。




***




「ねえ、思ったんだけど! リクの力でこの魔物たちを止めることってできないの?!」
「さっきからやってるんだけど、量が多すぎるというか…魔物たちも星喰みに怯えてるみたい! まるで話を聞いてくれないよ!」


土煙の中に入り、大量の魔物との戦闘に突入した私たちは、やっぱり苦戦を強いられていた。一体の魔物はそう手ごわくない。だけど量が多すぎる。いくら倒しても襲ってくる魔物たちにたまらずカロルがそう叫んだ。
…エアルの暴走で魔物たちが凶暴化していたときとはまた違う…魔物たちから感じているのは、ただ恐怖だった。人間と同じように星喰みの巨悪さを理解しているのだろう。そしてそれを引き起こしたのが人間だということにも。だからこそこのあたりの魔物は自分たちの群れを人間から守ろうとしているのだ。
…話せば分かってくれるんだろうけど、一体一体に長く語りかけているほど時間はない。可哀相だけど、ここで…。


「ユーリとフレンが頑張ってくれている間、なんとかしなくちゃね」
「あっちはもっとすごいだろうから」


なんとかフレンと合流できたものの、やっぱりこの魔物の大群を何とかしなければ意味がない。しかし民間人を守るここの守りも手薄にするわけにいかない。
明星壱号を起動させるために、魔物の大群の中心地に飛び込む役はユーリとフレンに託された。残された私たちはここで民間人を守り抜かなければならない。


「全力で魔術を発動して怒られないのって今だけだろうなぁ」
「そうじゃリク姐! いつものすんごい魔術で魔物を蹴散らすのじゃ!」
「うん!」


エアルコントロールを気にせず、全力で魔術を魔物たちにぶつける。あまりいい気持ちはしない。けれど民間人を守るためには…。
――そこで私はふと気が付いた。…私は人間と始祖の隷長(エンテレケイア)。どっちの"味方"なのだろうと。
人間を守るためには魔物を殺さなくてはいけない。しかし魔物もこの世界の一部。始祖の隷長を殺すことと変わらないような気がする。…私が魔物と対話することが出来なければ、こんな疑問を抱かずに済んだのかもしれないのに。
私は、自分を人間だと言い聞かせてここまでやってきたはずだ。しかし今では、自分は始祖の隷長として周りに認識され、いつの間にか私もそれを受け入れていた。…でも、この身体は? 能力は確かに始祖の隷長だ。エアルをコントロールできるし、魔物との対話もできる。でもこの身体は。本当の、心は。


「…おい! ボーっとするな!」


私はデュークの方法で命を失わないと、本当にそう言い切れるだろうか? だとしたら、私はまだ…。
考え事をしていた私の目の前に魔物たちが襲い掛かってくる。レイヴンが後ろで声を上げた。反応し切れていた私は小刀を振り上げるけど、魔物たちを傷つける前で、その手は止まってしまった。
――この魔物たちも、自分たちの仲間を守ろうとしているだけなのに。


「…っの馬鹿!!」


攻撃が間に合わない。そう思った瞬間、青白い光が目の前を覆い尽くした。
その光に精霊の力を感じた私は、それが明星壱号のものだと理解する。その光は結界の光に似ていた。光に覆われた魔物たちは次々とその姿をエアルへ還していく。
私に襲い掛かろうとしていた魔物も、私の目の前でその姿を消した。あれだけ耳に付いた魔物たちの声も、一瞬で頭の中から消えた。


「我々人間の為に、始祖の隷長だけがその在り様を変えるのは間違っている」



――デューク、あなたが言いたかったのはこういうことだったんだね。
分かっていたつもりだった。…でも、私が考えていたのは所詮、人間と始祖の隷長の話。人間の言葉が話せる始祖の隷長と和解は出来ても、魔物はそうもいかない。…ほとんど人間と変わらず、それぞれの生活をしているというのに。
『人間だけの判断』で世界の在り様を変えるのは、やっぱり、違う。人間にとって魔物が敵であると同時に、魔物にとっても人間は敵。そして魔物がいなければ人間は生きていけないし、魔物も人間がいなければ生きていけない。星喰みに恐怖しているのもまた、同じ。
そうやってこの世界は成り立ってる。


「…さて、これからみんなに話さなくちゃね」
「やっとかよ」
「うん。…私も、やっと腹をくくったよ」


明星壱号を発動させ、魔物たちを一気に蹴散らしてくれたユーリたちがこちらに戻ってくる。その姿を見守りながら、私は肩の力を抜いた。
隣にいるレイヴンの顔は見えなかったけど、どこか強張っているのは分かった。


「…その代わり、私の覚悟を否定しないで」


みんなには言わなくてもいい事だし、言っても意味のないことだ。
でも言うって言ってしまった以上は、ちゃんと話さなければならない。
このままじゃリタだって研究に身が入らないだろうし、レイヴンはこのまま刺々しい雰囲気を持ったまま。そして、ユーリにも…。




***




「明星壱号、壊れちまったか。悪いことしたな」
「うん…筐体(コンテナ)に使ってた素材が脆すぎたみたい」
「すまない、僕らの為に…」
「大丈夫、魔核(コア)も無事だし、修理はできるわ。ただ…」


魔物の襲撃は、ユーリとフレンの活躍によって抑えることができた。…それでも、今回の騒動での損害が大きい。怪我人は多く、またいつ魔物が襲ってくるか分からないのに、大勢の人間がこの場所から身動きが取れないような状況だ。
しばらくこの場を守りきるしかない。そう顔を厳しくさせたフレンと私たちの前に現れたのは、幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)のカウフマンだった。


「手配していた傭兵では不十分だったようね。こちらの不手際で迷惑かけたわ」
「いえ、ギルドも今混乱しているでしょう。ご助力感謝します」
「お詫びといってはなんだけど、ここの防衛に協力するわ」
「あんたが戦うってのか?」
「まさか。私は商人よ。まあ見てらっしゃいな」


カウフマンは自信に満ち溢れていた。彼女が何をするのか分からないのか、ユーリは首を傾げている。確かにこの時点は、カウフマンがこれから何をするかなんてわからないよね…。
驚く顔が楽しみだと言わんばかりの顔で去っていくカウフマンを見送り、それと入れ替わるようにフレンの部下であるウィチルがこちらに駆け寄ってきた。


「フレン隊長、無事で良かった!」
「ウィチル! ……何かあったのか」
「はい、例のアスピオの側に出現した塔ですが、妙な術式を周囲に展開し始めました。紋章から推測するに、何か力を吸収しているようです。それにあわせてイリキア全土で住民が体調に異変を感じ出しています」
「吸引…体調…それって人間の生命力を吸収してるってことじゃ…」
「……デューク」


アスピオに現れた塔…タルカロンでとうとうデュークが動き出した。
途端にみんなの表情が強張る。それと同時に、視線は私へと向けられていた。


「生命は純度の高いマナ。デュークはそれを星喰みへの攻撃に使うつもりなの。術式は段階的に拡大して、このままいくと全世界に効力が及ぶ」
「そんな…! リク、何か知ってるの?!」


カロルの言葉に、再び空気が固まった。
その状況が予想外だったのか、カロルは自分が失言しまったのかと周りをきょろきょろと見回す。
大丈夫、カロルはなにも悪くないよ。そういう意味を込めて肩を叩いてあげた。フレンも何か感じ取ったのか、私に視線を向ける。


「明日、フレンもデュークも動く…リクの言った通りになったわね」
「どういうことだい?」
「…そうだね。フレンへの説明もかねて、全部話すよ」


これ以上、星喰みも、デュークも待ってくれない。
これ以上、みんなに話さないわけにもいかない。
この場にみんながいることを改めて確認して、私は無意識に震えた口を開いた。


(この世界を救うために)

- ナノ -