「リク」


フィエルティア号から上空に浮かぶ星喰みを見上げていると、後ろからユーリに声をかけられた。
シルフが風を操ってくれたおかげで、気流のせいでレレウィーゼに近寄れなかったバウルがここまで来れるようになったのだ。そのおかげであの坂を全て登りきることはなく、私たちはレレウィーゼを離れることが出来た。
四属性全ての精霊を生み出すことが出来た私たちの次の目的は、世界中の魔導器(ブラスティア)を精霊化させること。しかしそれは世界の仕組みを根本から変えてしまうことに他ならない。私たちの独断でできることではない、とギルドのユニオンや帝国のヨーデルにもこのことを話し、分かってもらうことだ。
分かってもらえなかったら無理やり実行することになっちゃうんだけど…そうしないと世界が滅んでしまう。ヨーデルもきっと分かってくれるはずだ。


「…やっぱり星喰みの向こうに、お前の世界が見えるのか」
「うん。こっちの世界と違って、変わり映えのない世界だよ」
「平和なのはいい事じゃねえか」
「……そうだね」


だけどその前に、リタが作りたいものがあるらしく、私たちはひとまずイリキアの端…カプワ・ノール港に向かっている。そこで揃えたいものを揃え、星喰みを倒すための何かをリタは作りたいらしい。
いよいよ物語も終盤だ。私も、私のやるべきことをするべきだ。


「お前でもデュークは止められねぇのか」
「ユーリも知ってるでしょ? デュークが何よりも大切にしてたのはエルシフルだよ。彼が死んだことによってデュークの中で何もかも変わってしまった…。いい意味でも悪い意味でも一つの道しか見えなくなっちゃったの。…たとえクロームの言葉だったとしても、デュークはもう揺るがない」
「人間がした過ちが、巡りに巡ってここにきてるって話だな。…馬鹿なことをしてくれたもんだよ、本当に」


シルフはデュークが人間を嫌い、滅ぼそうとしている理由…十年前のあの出来事をみんなに話した。…人間を救ったエルシフルが、人間によって殺されたあの時の事を。
デュークはもともと人間嫌いだったけど、あの時の出来事がそれを更に激しくさせてしまった。
もう、いくらデュークに人間を信用しろと言ったところで彼がそれに頷くことはないだろう。それは私であろうと、シルフであろうと結果は同じ。


「あの時の皇帝は過激派の始祖の隷長(エンテレケイア)を恐れていたからね。今は味方でも、いつ敵に回るか分からないエルシフルが怖かったんだと思う」
「だからって殺すことはねぇだろ。あっちは同族殺しをしてまで人間との共存を望んでたんだぞ」
「…みんながみんな、ユーリみたいに強いわけじゃないから」


エルシフルは、自分が人間に殺される運命を目の当たりにしても仕方がない、とその死を受け入れていた。それは、人間への理解があったからだ。
最後まで人間との共存を望んでいたエルシフル。…いや、彼が死んだあともその思いは聖核(アパティア)となって残っているいるだろう。おそらく、彼の聖核はデュークが…。


「クロームが…シルフが言ったように、デュークとは戦うことになるだろうね」
「…いいのか、リク」
「"シナリオ通り"だからね。覚悟はもう、最初からとっくに…」
「本当にそうなら、オレの目を見て言えよ」


ずっと空を見上げていた私の肩を掴み、ユーリは無理やり私をこちらに向かせた。呆れたようなユーリの目と視線が合う。前のユーリのならここで引いてくれてたはずなんだけど…。彼の強引さに、私も苦笑を漏らす。
ユーリの言ってることは正しい。デュークと戦うことに迷いがないのは本当だけど…。出来るならもう一度だけ、彼と話がしたい。
全ての人間の命を引き換えにするということは、その中にデュークも入ってるということだ。デュークは私を守るって言ってくれたけど、私だってエルシフルにデュークを任された。このままデュークのやることを許すわけにはいかない。


「…戦いたくないよ。エルシフルだって、こんなこと望んでないのに」
「ああ」
「デュークも私たちも望むのは星喰みから世界を救うことなのに、どうして戦わなくちゃならないの? 自分だって人間のくせに、どうして…」


こんなこと言ったって、デュークとの戦いが避けられるわけじゃない。
だけど一度弱音を吐いてしまったら、最後まで言わずにはいられなかった。本当は、本当は戦いたくない。確かに最初こそデュークのことは大嫌いだった。…だけど、今あの頃のデュークを知ってるのは…エルシフルを知ってるのはもう私とシルフだけ。
ずっと一緒だった。私も、エルシフルも、クロームも。剣を向けたくなんかないのに。
今になって弱音を吐き続ける。そんな私の言葉をユーリはただ聞いてくれていた。




***




ノール港につき、リタも必要だという材料を調達できた。あとはリタに任せる事しかできないので、私たちは休ませてもらうことになったんだけど…。
――夜中になって、突然宿屋を出ていくパティちゃんを見て、私は横になっていた身体を起こす。


「リクも起きてたんですね」
「エステルも…ユーリも。やっぱりパティちゃんを?」
「まあ、ちょっと前から様子も可笑しかったしな」
「アイフリードのことでも考えてたのかしら?」
「ジュディスも…起きてたんです?」


ジュディスだけじゃない、パティの異変に気が付いたリタやレイヴンも起き上がり、宿を出てきた。
みんななんだかんだでよく見てるんだな、と変に感心してしまった。精霊を集め出した時期から、パティちゃんは気が付くとぼうっとしているときが多くなった気がする。
…その理由はもう、分かってるんだけど。
私たちの話し声が聞こえたのか、カロルも起き上がり、結局全員でパティの様子を見に行くことになった。


「パティ…?」


パティちゃんはかつて私が閉じ込められていた場所…ラゴウの屋敷の裏手へと向かったみたいだ。そのまま彼女を追いかけると、波止場に一人立ちつくすパティちゃんの姿が。
そのまま海にでも飛び込む気なのか。海を眺めて一人ため息をついたかと思えば、パティちゃんは懐から出したものを掲げる。
彼女が前から探していたという麗しの星(マリス・ステラ)だ。彼女の掲げた麗しの星は光を放ち、夜の海を走る。…するとその光に応えるように海から光が麗しの星に放たれる。
…そして、海に現れたのは…あの幽霊船。


「パティ、待ってください!」
「みんな…どうして…」
「それはこっちの台詞よ。一人で何してんのよ」
「精霊もそろった…この先は命を賭けた大仕事なのじゃ。でも、その大仕事の前に、自分の中の決着をつけようと思ったのじゃ」
「それはアイフリードのことか?」
「これはうちの問題なのじゃ。誰にも任せられない、うちの…」
「(自分の中の決着……誰にも任せられない問題…)」


パティちゃんの言うその言葉が、他人事ではない気がして、現れた幽霊船を呆然と見つめた。空には相変わらず、不気味な星喰みが浮かんでいる。


「あれ…アーセルム号、よね…?」
「どうしてここに…?」
「パティ、お前が呼び出したのか?」
「そういえばパティちゃん、麗しの星かかげてなかった?」
「…その麗しの星の片割れと、引きあってるんだね」
「リク姐…どうして知って…」


パティちゃんは失った記憶の為に、自分の祖父というアイフリードをずっと探していた。その手がかりが麗しの星だったから、ずっとそれを探していた。…それを見つけたのはザウデ不落宮の中。私はアレクセイの元にいたけど、確かそういう流れだったはず。
アウラさんが生まれたその頃から、麗しの星はザウデと共に眠っていたということになる。
不思議そうに私を見上げるパティちゃに曖昧な笑みを返し、再び幽霊船へと視線を戻す。


「つまり、その片割れがあの船の中にあるってことよね」
「でも、麗しの星って……あれ?」
「そ、それはあんたの言う問題ってのと何か関係あんの?」
「のじゃ」
「じゃ、行こうぜ」
「え…?」


ついていく気満々の私たちにパティちゃんは目を丸くした。
確かにここまで知って、パティちゃん一人をあの船に行かせるわけにはいかない。…確かに幽霊は怖いけど、あの時とは違って体調が悪いわけでもなければ、私だって随分成長した…はず。


「……ありがとうなのじゃ。だが、最後の決着だけはうちがつけるのじゃ」
「ああ、わかってるさ」
「そこにボートがあるわ、乗っていきましょ」


大丈夫だ。幽霊船ぐらい、今までの私の体験に比べたら何も怖くない。それに、幽霊の正体だって分かってるんだし。
大丈夫…大丈夫…の、はず…。




***




「この船…思っていた以上に暗いね…」
「そういや、お前さんはこの船に乗るの初めてだっけか」


ボートを使ってアーセルム号に乗り込んだ私たちは、パティちゃんを先頭にして船内を続けいた。魔物がいるのは相変わらずらしいけど、思っていた以上に視界が暗い。そして船はボロボロだ。
歩くたびに壊れそうな音がする。それが怖くて戦闘でもなかなか集中できなかった。今のところゆ、幽霊らしいのは出てきてないけど…。


「パティはアイフリードが隠した宝物を探してたんだよね。アイフリードに会って、記憶を取り戻すために」
「んじゃ」
「で、見つけたのが麗しの星…なんだよね?」
「そうなんじゃが…ちょっと違うのじゃ。麗しの星はアイフリードが探してたお宝なのじゃ」
「は? あんたが探してたものとじいさんが探してたものが同じってこと? それでじいさんに会えるの?」
「麗しの星を使えば会える……それは間違いではないのじゃ」


パティちゃんは未だに浮かない顔をしていた。
アイフリードといえば、ギルドの人間も民間人も巻き込んで船を沈めたという大悪党…で世間ではその悪名を轟かせているけど、パティちゃんのおじいちゃんがそんな悪い人間なわけない。
…いや、そもそもパティちゃんが…。


「ってことは、やっぱりアイフリードがこの船に…」
「それは…」

「――アイフリード…」


「っえ…」
「リク? 一体どうし…」
「上だ!」


突然、頭に直接低い男の声が聞こえた気がした。"誰"の声であるかは明白に分かったけど、それがどうして私に聞こえたのか分からない。
ユーリたちに同じ声が聞こえたのか分からないけど、みんなの視線は上へと行く。アーセルム号の上階に佇む、骸骨の騎士。…どう見ても、幽霊だ…。
背筋が冷たくなったと同時に、パティちゃんがその骸骨を目指して一人で飛び出してしまった。私たちも急いでそれを追いかける。ユーリたちが言うには、前にここに侵入した時、あの骸骨と戦ったって言ってたけど…。


「うわっ…! で、出たっ…!」
「サイファー、うちじゃ! 分かるか…!?」
「サイファーって…アイフリードじゃなくて?」
「サイファーはそのアイフリードの参謀の名前だわね、確か」
「……」


骸骨の騎士はただ無言でパティちゃんを見つめていた。骸骨だから表情なんて分からないけど、その立ち姿からはどこか悲しさを感じさせるものがあった。
パティちゃんが骸骨の騎士の名前を呼ぶ。アイフリードの参謀であるはずのサイファーという男の名前を。
しかしそんな睨み合いも長くは続かなかった。骸骨の騎士が突然パティちゃんに攻撃したのだ。それによって、骸骨の騎士との戦いが始まる。


「サイファー…今、決着をつけるのじゃ!」


骸骨の騎士はただずっと、"彼女"を待っていた。"彼女"がこうして自分を倒してくれるその時を、ずっと…。
パティちゃんが麗しの星を掲げると、骸骨の騎士は嘘みたいに弱体化した。…だから骸骨の騎士との戦いが長引くなんてことはなくて…。
膝をついた戦士は幽霊らしくそのまま上空へ浮上する。パティちゃんは真っ先にそれを追った。エステルも追いかけようとしたけど、それはユーリに止められる。
…最後の決着は、パティちゃん自身にだもんね。


「…サイファー、長いこと、待たせてすまなかった。記憶を失って時間がかかったがようやく、たどり着いたのじゃ」
「やっぱり…記憶が戻ってやがったか…」
「アイ…フリード…」
「…!」
「アイフリード、か…久しいな…」
「アイフリードって…え? まさか…?」


浮かび上がる骸骨の騎士と重なるように、身体の透けた男が姿を現す。あの男の人がサイファーで間違いないだろう。…透けているその身体は彼がもうこの世に姿を現せないことを意味している。
…確かにまさしく亡霊そのものだ。彼は、アイフリードに会うために…。


「アイフリードは……うちのことじゃ!」


パティちゃんの言葉に、みんなは息を飲んだ。そういう反応はもっともだ。アイフリードは男だって認識していたし、何より年齢が合わない。
アイフリードはドンと共にギルドの時代を築き上げた伝説の人。本当ならドンと同年代でも可笑しくはないはずだ。……パティちゃんをアイフリードと呼ぶには若すぎる。
パティちゃんはサイファーと向き合い、アイフリードが大悪党と呼ばれるようになった原因…ブラックホープ号事件の事を話し始める。…その事件の真相を。


「うちはお前を解放しに来たのじゃ。その魔物の姿とブラックホープ号の因縁から」
「俺はあの事件で多くの人を手にかけ、罪を犯した…」
「じゃあ、ブラックホープ号事件ってのは…」
「ああしなければ、彼らは苦しみ続けたのじゃ。今のお前のように。あの事故で魔物化した人たちをサイファーは救ったのじゃ」


世間に知られているブラックホープ号事件は、アイフリードが乗組員を皆殺しにしてしまったというものだ。だからこそアイフリードはギルドの中でも忌み嫌われるようになったのだ。
でも、真相は違う。エアルの乱れが原因で乗組員が全員魔物に変貌してしまったのだ。奇跡的に魔物化から逃れていたサイファーが、魔物化した乗組員たちを手にかけ、アイフリードを逃がした…。でも長い年月でサイファー自身も魔物化し、こうして幽霊船の亡霊としてずっと海を彷徨っていたんだ。


「お前はうち助け、逃がしてくれた。だから…今度はうちがおまえを助ける番なのじゃ、サイファー」
「アイフリード…俺をこの苦しみから解放してくれるというのか」
「お前にはずいぶん世話になった。荒くれ者の集まりだった海精の牙(セイレーンのキバ)をよく見守ってくれた。そして……うちをよく支えてくれたのじゃ」


でも。ここで…終わりなのじゃ。
パティちゃんは低い声でそう呟くと、自分が愛用している銃をサイファーへと向ける。しかし狙いを定める手は震え、顔を泣きそうに歪んだ。
自分の命を助け、こうして長い間海をさまよい続けていたかつての相棒。その信頼関係は、部外者の私たちには計り知れない。


「サイファーだけは……うちが…」
「…つらい想いをさせて、すまぬな、アイフリード」
「つらいのはうちだけではない。サイファーはうちよりずっとつらい想いをしてきたのじゃ。うちらは仲間じゃ。だから、うちはお前のつらさの分も背負うのじゃ。――お前を苦しみから解放するため、お前を……殺す」


震えるパティちゃんを見て、透ける身体でサイファーは私たちを見下ろした。
今のパティちゃんを支える仲間。記憶を失くしても、巡り会えた私たちを見て満足そうに微笑むと、パティちゃんに麗しの星の片割れ…馨しの珊瑚(マリス・ゲンマ)を与える。


「これで、安心して死にゆける。さぁ…やれ」
「……バイバイ…」


サイファーが両手を広げ、瞼を閉じて微笑む。
それを見たパティちゃんはついに覚悟を決め―――その引き金を引いた。




***




「うちは泣かないのじゃ、涙を見せたら、死んでいった仲間に申し訳ないのじゃ。うちは海精の牙の首領(ボス)、アイフリードなのじゃ。だから…泣かない……絶対、泣かない。泣きたく、ない……」


――悲痛なパティちゃんの泣き声が夜の港に響きわたる。
サイファーが死んだ後も、アーセルム号はそこに浮かんだまま。彼が消えて、本当に乗組員が魔物だけになったこの船は、これからも幽霊船として世界中の海を彷徨い続けるのか…それはもう誰にも分からない。
かつての仲間との別れ…泣き叫ぶパティちゃんを、エステルはずっと抱きしめていた。私たちはそれを見守ることしかできない。サイファーもずっと、アイフリードを待ってたんだろうしね…。


「自分の中の決着…か」


常に手首に取り付けてある金のブレスレッドを撫で、私は顔を上げる。
パティちゃんも自分の過去との決着をつけた。なんの心配もなく、星喰みに挑めるようにと。
……だから、私も。


(自分の中の決着をつけに)

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