クロム×マイユニ

空は晴天

澄んだ青空に溶ける淡い白雲

イーリス城の開け放った窓からは良い香りのする風が花弁と共に舞い込む

穏やかな温かみが髪を撫でて通り過ぎる昼下がり

耳を澄ませば国民が陽気に賑わう様子が聞こえた

城内にいるだけなのに、その声が少し遠く感じる

観客を前に控えている舞台裏の役者のような…

近くにいるのに、自分だけ別世界にいるような不思議でくすぐったい気持ち

そんな城の高層の一室で、私は一人悶々としていた


「…こんなの初めて着ました…」


大きな鏡に映る自分

眉間にしわを寄せる癖はいつも通り変わらない

けれどその姿はいつもと違う

使い古した愛用の黒いコートとは真逆の…まるでお姫様みたいに華やかな格好

「…違和感しか感じないのですが…」

慣れないシフォンの着心地に鏡を何度も凝視しては葛藤に陥る

それだけじゃない

目も、頬も、髪も、唇も

殆ど無縁だった化粧の施された全てが新鮮で、まるで他人を見ているような気分だった

戸惑いもたくさしている私とは真逆で、廊下からは使用人達がパタパタと忙しく行き来する音が聞こえる

その中に一つ、コツコツと一定の刻みで近付く足音があった

ゆっくり、徐々にその音が大きくなる

そして部屋の前で止まった

「マイユニ」

声と共に扉をノックする音が聞こえる

…声なんか聞かなくても、足音で分かってしまうんですけどね

「どうぞ」と招き入れた

…どうぞと言うほど心の余裕は無いのに

早く会いたいという気持ちが先に出た


現れた姿はいつもとどことなく違う

やっぱり…王族の方なんですね

正装をすればそれなりに様になっているじゃないですか


「…クロムさん…」

格好良いです…、と小さく付け足した言葉を濁すように視線を床へ逸らした

照れ隠しをするように暫く訪れた沈黙

相変わらず人々のざわめきだけが外から小さく聞こえた


扉口で立ち止まったまま微動だにしないクロムさん

…視線が痛いです…


「ば…場違いじゃないですかね…」

恥ずかしさを誤魔化すようにから笑った


「そんな事はっ…!」

クロムさんが声を荒げる


「…綺麗…、だ」


暫く間が空いてから、ボッと頬が火照った

でもそれ以上になることはなかった

クロムさんもこの上無く真っ赤になっていたから

…きっと、必死の一言だったんですね


お互いが恥ずかしさに視線を逸らし合うこの間合さえ、愛おしく感じる

思わずクスリと笑いが込み上げてきた


「…ノックだなんて、何の躊躇も無く入浴中の天幕へ押し入ってきたあの頃より成長しましたね、クロムさん」

「そ、その話はもう良いだろう!
それにあの後マイユニだって俺のっ」

「あああもう良いですその話は!」


そんなお互いの忘れたい過去を突きあって、お互い顔を真っ赤にして

そしてまた沈黙


「…懐かしいな…」

「…つい最近の話ですよ」


いつの間にか、私はクロムさんのすぐ側まで歩み寄っていた

近くへ来てやっと交わった視線


「マイユニ」


クロムさんも歩み寄り、間も無く数センチになっていた距離


「あっ!…あの、」

お互い動きにくい正装をしているためか、いつものような少し強引な力強さが控えられた抱擁

口紅が付いてしまいますよ、そう言おうとしたけれどやっぱりクロムさんには敵わない


そっと腕を伸ばして、クロムさんの背中に手を回す

暫く無言でお互いに抱き締め合って

少し腕を緩めて、クロムさんを近くで見上げるように視線を交えた


「…マイユニ」


不思議ですね

さっきまで目を合わせる事さえあんなに気恥ずかしく感じていたのに

クロムさんも私を見つめて、少しだけ微笑んだ



「必ず…幸せにする」




バルコニーの扉が開き視界も開ける

差し出されたクロムさんの手

それに応え、私も隣へ歩み出す



広がる空はやっぱり晴天

先ほどまで遠くのことのように感じていた国民の声に迎えられ

澄んだ青空になびく白いベール

それをクロムさんがそっと取り払う


青空を舞う紙吹雪

極まる国民の歓声の中、クロムさんの声を見失うことはなかった

でもきっと本当は聞こえていない

クロムさんが宣誓を挙げる声よりも国民のざわめきの方がずっと大きい

けれど、貴方の顔を見れば分かる

貴方が何を言ったのか

何を考えているのか

…私も同じ事を考えてますから



福音が聞こえるさなか

国民に、そしてお互い誓い合うように

永遠の伴侶の証を口付けた














『我が半身に、永遠の幸あれ』








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