クロム×マイユニ

この時、この手を離さなければ

この手を掴んで引き寄せて

どこか遠くへ攫ってしまえば

未来は何か、変わったのか?



「クロムさん!聞いてますか?」

マイユニの叱咤する声でハッと我に返った

「もう、先程から上の空で…大事な軍議で総督がそんなでは困りますよ」

溜め息をつくマイユニと交わった視線

こっ恥ずかしかったその一瞬が苦痛へと変わったのはつい最近の話で

気持ちを整理する間も無くマイユニの指示通り地図を広げた

次の進行ルートを指差すマイユニの左手

その薬指の指輪が光る度、心の中で黒い靄が疼いた

「…だと思うのですが…、クロムさんはどう思いますか?」

『ーーーマイユニを奪いたい』

衝動的に言いかけて言葉を濁す

「…あぁ。その作戦で十分だと思う」

この苦しみにどう整理をつければ良いのか分からない

「…え、クロムさん?」

「っす、すまん!」

そして近頃は、無意識にマイユニを求めるようにすらなった

地図の上で進路を指すマイユニの手を上から包み込む己の手の平

我に返り直ぐさま引っ込める

「…最近冷え込んでいるからな。手が冷えているんじゃないかと心配になった」

「あ…あぁ、そういうことですか」

上手いとも思えない言い訳に騙されるのは、やはりマイユニが俺を『一人の男』として見ていない為か

俺が重ねた手には皮肉にも他の男の証が存在するわけだが

それを初めて知った時は呼吸をするのも忘れた

いつ伝えようか

どんなタイミングで指輪を渡そうか

悩んで迷って一人悶々とタイミングを伺っていた挙句、マイユニは別の男と既に恋仲になっていたのだ

こんな間抜けな話はないだろう

だが先を越された俺に、誰よりもマイユニの側にいながらその何百もの機会を放棄し保身に走った俺に、マイユニへ想いを伝える権利など無い

祝う義務を背負った存在

振り払うことの出来ない想いはただ、膿となって腹の奥底に溜まっていった



「クロムさん!聞いてますか?」

再びマイユニの声で我に返る

だがその声は和らげで、どこと無く幸せそうだった

「今日くらい背中押して下さいよ」

お前の真っ白な花嫁装束とは真逆だ

俺の身心はますます真っ黒に染まる

そんな事を、俺が喜んですると思っているのか?

その背中を手繰り寄せて抱き締めて俺の跡を付けて滅茶苦茶に傷付けて、二度と新郎の前に出れないような身体にしてやりたいくらいだ

「私達は親友なんですから!」

「…あぁ。俺達はずっと…“親友”だ」

上辺の言葉で上辺だけの約束をして

「っ…クロムさん?」

「お前の手は…綺麗だな」

ただ、手に触れるだけ

壊れ物でも扱うかのように

俺が許される最大限までマイユニに触れる

「い…嫌ですね、クロムさんらしくないですよ」

マイユニにとってそれは明日にでも忘れる戯れなのだろう

だが俺にとっては、マイユニに好意を寄せたあの日からの、一生分の想いだった

「…ほら、もう行け。あいつが待ってる」

“親友”の皮を被ってマイユニの手をそっと解放する

男の元へ駆け出すマイユニ

その後ろ姿を見送った俺の手は未練がましく虚空を彷徨っていた

ゆっくりと手の平を握り、最後に触れたマイユニの感触を噛み締めて

ただ、感傷に浸る他無いようだった




あの時、あの手を離さなければ

あの手を掴んで引き寄せて

どこか遠くへ攫ってしまえば



過去は何か、変わったのか?


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