クロム×マイユニ

「クロムさん、これはやはり…お返しします」

私にはあまりにも長くて温かくて、幸せな夢でした

「…は…」

クロムさんに突き返したのはイーリス王家の紋が刻まれた指輪

罪悪感に苛まれ、まともにクロムさんの顔を見る事が出来なかった

「…な 何故、だ」

動揺で震えるクロムさんの声

表情は見えないのにズキリと心が痛む

「私の血は…クロムさんに選ばれるには、あまりにも汚れている」

知ってしまったんです

イーリス聖王であるクロムさんと結ばれてはいけない運命を

私の中を巡る、敵国ペレジア王の血筋を

「な…何を言って…」

クロムさんが言おうとしている事は分かっている

それでも…断ち切らなければならないんです

「クロムさん、私は…ペレジア国王の娘です。それがどういう事か…分かりますよね」

記憶が無い、身元も不明

やっと知り得た正体は敵国の王の娘

そんな私がイーリス王の妻だなんて、場違いも甚だしい

私なんかに、クロムさんと結ばれるという選択肢は無かったんです

「私は…クロムさんに幸せになってもらいたいんです」

『私』という弱みに付け込んだ有権者達がクロムさんから政権を剥奪しようと画策するかもしれない

外交ではペレジアが私にこじつけて無茶な要求をしてくるかもしれない

イーリス王家の質が下がり、国民の支持も得難くなるでしょう

そうすれば国内で反乱が起きる可能性も否定出来なくなります

「私じゃ貴方を幸せに出来ないんですよ…クロムさん」

散々考えた事なのに、語尾が弱くなってしまうのは私が未だ未練を残しているからなのでしょうか

「…でもっ、軍師としてはこれからも貴方をサポートし続けますよ!何なら婚約相手の手配のお手伝いも…」

ずっと俯けていた顔に笑みを作り、想いを振り払うようにクロムさんを見上げた

「―――え」

目の前に映ったのは、瞳孔の開いたクロムさんの瞳

唇と唇が触れる距離はあと数センチ

「きゃ…――」

状況を把握するより先に、壁際に身体を強く打ち付けられた

私を挟むようにして顔の真横に叩きつけられたクロムさんの両手

パラパラと破片を散らした壁

少し亀裂の入った真横の壁を見て身体が強張った

「ク…クロムさ、ん?」

刺すような冷たい視線にゾクリと背筋が凍る

硬直した身体はクロムさんの影に飲み込まれた

「っん───…!」

唐突に私から言葉を奪ったのは、まるで怒りをぶつけるような荒々しい口付け

噛みつくような痛みに身を引く

「んんっ、う…っ」

苦しくなる呼吸

それでも角度を変えて何度も何度も交わす

「っマイユニ…」

クロムさんが唇を離した一瞬の隙

「や…やめて下さい…!」

おもいっきり突き放した胸板

想いごと振り払うようにクロムさんを拒んだ

私とクロムさんの唇の間を繋いでいた透明な糸が切れる

沈黙の部屋に私の落ち着かない息遣いが響く

肩は震えたままだった

「俺がいつ、国王としての幸せを欲した」

今まで聞いた事が無いくらい低くて重いクロムさんの声

「俺が欲しいのは、マイユニだ」

威圧的な気迫に圧倒され次の言葉が見つからなくなる

「っ!」

頭上で一捻りにされた両手

押さえつけるクロムさんの手は力強くて少し痛くてビクともしない

そして唇が再びゆっくりと近付いた

「…っ」

顔を背けて唇をぐっと噛みしめる

クロムさんを見るのが辛くて、目を固く閉ざした

「…マイユニ…」

私の名前を呼ぶクロムさんの声

それに応えたい

クロムさんを受け入れたい

でも私は、クロムさんを幸せに出来ない

「私はファウダー…ペレジア王の血を引いているんですよ!仮にも一国の王がそんなっーー」

「マイユニが良い」

耳元に掛かった吐息

「俺の半身は、マイユニだけだ」

トン、とぶつかった左胸から伝わる鼓動

子供が駄々を捏ねるみたいに身勝手で、純粋で、胸がきゅうと苦しくなる言葉

…私だって、クロムさんが良いです

もっとクロムさんと触れたい

もっともっとクロムさんの事を知りたい

クロムさんになら何をされたって良いです

クロムさんだけを愛したい

でも

思い出に過ったのは、クロムさんに拾ってもらったあの光の差す温かい草原

そこに入ったのは『私』という異物

エメリナ様の創った、クロムさんが守ってきた聖都イーリスに私が濁った靄をかけてしまう

それが堪らなく怖い

「駄目っ…こんな所で、イーリスが汚れてはいけないんです!」

目の奥がジンと熱くなる

それでも私は気持ちと真逆の言葉を発さなければならなかった

「…やたら国だ血統だを気にするんだな」

再び鋭くなったクロムさんの視線

「俺とマイユニの間に、そんなくだらない隔たりは必要無い」

「っ!」

近くの卓上に押し倒された身体

男の人の大きな手の平が頬から首筋にかけてゆっくりなぞる

その手つきに身震いする身体

「…っ貴方はもう、この国の王なんです!国を統括する者なら、相手もそれなりの血筋でなければならないんです!」

「ならマイユニはペレジアの王女だ。身分なら問題無い」

回らなくなってきた思考を使って必死に考えた説得も、クロムさんの前では全くの意味も成さない

「世継ぎの事もちゃんと考えて…っ」

「考えている」

私の言葉を掻き消したのはクロムさんのはっきりとした強い意志

「イーリスを継ぐのは、俺とマイユニの子だ」

未来を固く約束したその目に、私の思考は理屈を失った

「っ私、は ペレジア王の娘で、」

見当たらない上手い言葉

理屈の断片はクロムさんとの口論で初めて負けた事を悟っている

それにそんなに強く求められたら、もう…私だって抑えられません

クロムさんが大好きという気持ちを

「ならば外交的に依頼しよう」

腕を押さえていたクロムさんの手が力を緩める

その代わりその指が私の指に一本ずつ絡んだ

「ペレジアの王女…イーリス聖王の、伴侶になってくれないか」

この人には、敵わない

そしてこの想いにも、抗えない

そう分かった時には既に、その指をそっと握り返していた

服に掛かるクロムさんの手

身を委ねるように閉じた私の目

クロムさんを拒みきれなかった私を責めるように、手の甲の痣が疼いた


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