クロム×マイユニ

「マイユニ」

名前を呼ばれてビクリと肩が震えた

「こんな夜に、何処へ行こうとしている」

野営地を少し離れた草原に響いたのは聞き慣れた声

…どうして、よりによってこの人に見付かるんだろう

いつもなら笑顔で応えるのに

恐る恐る振り向いた先には、最愛の人の姿

「…クロムさん…」

野営地の灯りを背に、いつに無く鋭く私を睨むクロムさんがいた

「…少し、明日の進行ルートの確認に…」

作った顔はちゃんと笑えているだろうか

「確認のためにわざわざそんな荷物を持って行くのか」

「っ…」

けれど芯を突くクロムさんの言葉に、次の逃げ道を失ってしまう

…いつもは鈍感なくせに、こんな時だけズルいですよクロムさん

「正直に言え」

決めた筈だった

この軍を出ていく、と

クロムさんのために誓った覚悟

だけどその姿を、目を見てしまうと、私の覚悟なんて呆気なく揺らいでしまう

「…俺じゃ、相談するには頼りないか」

いつまでも唇を結んで黙り込む私に、クロムさんが静かに尋ねた

…逆ですよ、クロムさん

信頼しています

大好きです

“好き”が溢れてしまったんです

好きで好きでたまらない

どうしようもないくらいクロムさんが大好きで

殺したくない

大好きな貴方を

もう失いたくない

生きて欲しい

「…クロムさん…」

「何だ」

でも願えば願うほど不安が積もって、私を押し潰そうとするんです

「私は…ファウダーの娘です」

苦しくなる胸を押さえて発した言葉は、震えていた

「そうらしいな」

私と真逆で、はっきりとしたクロムさんの返事

「邪竜の…化身でもあるんです」

「そうだな」

私の言葉にクロムさんが動じる事は無かった

「このままクロムさんと一緒に居ては…いつか私は、貴方を殺します」

辛い事実に語尾が小さくなる

風が止み、森のざわめきが鳴り止んだ

クロムさんは暫く黙り込んでいた

…そうですよね

皮肉ですよね

クロムさんを守ると誓ったこの身体が、この手が、クロムさんを殺すんです

「だから…そうなる前に、私はクロムさんの前から消えます」

言い出したのは自分なのに、息が詰まるほど堪らなく苦しくなる

「…」

訪れたのは重い沈黙

月の薄明かりが雲に隠れたのもちょうどその頃だった

…クロムさん、私は嘘つきで卑怯者です

ずっと一緒にいると言ってクロムさんを繋ぎ止めておきながら、自ら出て行くんですから

結局エメリナ様を救えなくて

非力な存在だと痛感するのはいつも事が終わってから

それでも…貴方の半身だと言ってもらえて嬉しかったんです

私はクロムさんの一部です

クロムさんが嬉しそうな顔をすると私も嬉しい

クロムさんが悲しそうな顔をすると私も悲しい

だから私は今、とても悲しいんです

そんな顔をクロムさんにしてもらいたくない

だからこそ…私を「裏切り者」だと言って嫌って欲しいんです

見放して欲しいんです

もう…クロムさんも私も、苦しまなくて済むように

「…」

再び地に戻ってきた月明かり

静寂は、鞘から剣を抜く音で破られた

「俺がそれを、許すと思うか?」

月の朧気な明かりにクロムさんの握るファルシオンが鋭く反射した

「もし俺から離れると言うなら…その脚を切る」

砂利を踏む音が、近付いた

「俺とマイユニを引き離す術を持つ、その脚をな」

クロムさんとの間合いは数メートル

逃げようと思えば逃げられた

懐には魔道書もあり勝てる自信はあった



でも私は、それをしなかった

斬られるのが怖かったからじゃない

残りの距離は数センチ

「…頼む、行くな…」

私を抱き締めたクロムさんの腕が、声が、震えていたから

「…っ…」

剣が地面に落ちる音がした

その分私を抱き締める腕に力がこもる

「行くな…」

ぴたりとくっついたクロムさんの胸からは、いつもより速い鼓動が聞こえた

「…クロム、さん…」

「マイユニ…お前が去るなら、俺も行く」

どうしてなんですか

どうして、私を見放してくれないんですか

「俺は生涯、お前の側を離れない」

どうして

「お前を離さない」

涙が、止まらないのですか

「…クロムさん…」

どうして私はまだ…

『愛しい』と思うのでしょう

『一緒にいたい』と感じてしまうのでしょう

「…ふふ、総督が脱軍してどうするんですか…」

「なっ、笑い事じゃ…!」

クロムさんの真剣な表情が崩れることは無かった

ねぇ、クロムさん

私に正しい答えは分かりません

やはりこれは間違った選択なのかもしれません

貴方を殺す運命に辿り着いてしまう可能性がまだ十分あるんです

…だけどもし、クロムさんがそれでも良いとおっしゃるなら

「これからも…一緒にいて良いですか」

本当の気持ちに甘えて、貴方の想いを抱き締め返しても良いですか

「…ああ」

そしてもしどうしても私が貴方を殺す運命から逃れられないとしたら

ひとりぼっちでクロムさんのいた世界を壊すなんて悲しいから

「ずっと、傍にいて下さい…クロムさん」


すぐに、貴方の後を追わせて下さい


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -