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久しぶりの畳の匂い。なんつーか、夏休みの匂い。今年の夏は忙しくなりそうだし、つーか、うん。でも、まあ、生きている中で今が一番楽しいかもしれねえし、ちょっと忙しい毎日には目を瞑ることにするが、たまに涼しい部屋で涼んだっていいだろう。

「ふー極楽」
「……いーかげん練習戻れば?」
「あと5分」
「怒られても知らないからね。……ん?あれ、キャップ空いてる」

あ、バレた。

「さぁーなぁーだあ!あんたまた私の飲み物勝手に飲んだでしょ!」
「わりー。そこにあったからな」
「あんたの一口でかいんだからすぐバレるって何回言ったらわかるわけ?」

ぷりぷりと怒るこいつは同じクラスの仲のいい、暫定トモダチ。んで、未来のカノジョ。つーかツマ?俺としてはそんな未来予想図を描くことが容易いのに、こいつはもう鈍くって鈍くって、とんちんかんですごくバカ。成績はそれなりに良くても成績表に「恋愛」の項目があったら間違いなく1だろう。むしろ、難攻不落?で5かもしんねえけど。アタックをしてもビクともしねえ。壁かよ。壁、といえばベルリンの壁がよぎったけど、あれって崩れるんだっけ?それならはやく崩れてくれねえかな。不覚にもこのバカを好きになってしまった俺はありとあらゆる手をつかって、こいつの視覚に居続けようとしている。自分のことながら滑稽だが、欲しいものは欲しい。好きなもんは好き。横から奪われるなんてことが絶対ないように、外堀からガンガン埋めている。よって、あいつはいま陸の孤島にいるわけだが、それに全く気づいてないっぽくて、逆にちょっと笑えてくる。あー、かわいい。
元々俺自身、人に執着しないタイプだと思ってたけど、恋愛するってのも結構アツいもんだな、なんて人は単純、男なんてもんはもっと単純。うまくいかない恋愛ほどハマるの、なんとなくわかっちまう。つーか、実感してる。

「俺結構その味好きだわ」
「いや私も好きだわ!期間限定だし、160円だったんだけど。え、サイアク」
「返そうか?」
「えっ、イケメンが吐いてる姿はちょっと……」

あ、俺のことイケメンだと思ってくれてたんだ。つーか返す=吐くかよ。色気がない。

「ちゅーして返してやってもいいけど」
「いやわたしの飲み物勝手に飲んでる時点で返す気な……てか!あ!あー!か、間接キスだ!?」

あぁ、その今わかりました!ひらめきました!みたいな顔。犬か猫かでいえばこいつは犬である。喜怒哀楽がわかりやすくていい。間接キスも、全部わざとマーキングがわりにやってんのは一生気づかないんだろうなぁと思うとなんだか笑えてくる。はー、笑ってばっかだ。つーかちゅーには反応しねえのかよ。そういうところだぞお前。

「うわ、こら叩くなって」
「食い物の恨みは根強い……」
「でも食べ物の好みが似てるのなんて、俺ら相思相愛?」
「え、なんかめっちゃ飛躍してない?某映画じゃないんだから」
「俺はサンドウィッチより米派」
「いやわたしも米派だけど」
「おっ、またかぶった!……つれねーなあ。再現しようぜ」
「え、何そういう流れだったの?」

きょとんと首をかしげるこいつ。あー、本当にさぁ、男って単純なわけ。好きな女の子が首をかしげてみろ。ため息しか出ねえ。

「つーか茶道部ならお茶立てろよ」
「野球部なら外で練習しなよ」
「あー!畳ってあれだろ?湿気を吸ってくれるんだろ?」
「豆知識で延命しないで」
「あと3分だから」
「……あ、そういえば」
「ん?」
「次の試合、ちゃんと応援しに行くから。投げるんでしょ?」
「……おう」
「勝ったらこの大きな一口はチャラにしてあげる」
「えー?結構みみっちくね?もっといーもんちょうだい」
「去年とかめっちゃ茶室に居座らせてあげたじゃん」
「室内天国マジ感謝してるって」
「もー、代わりに落雁あげるから早く練習行って試合に勝てバカ。今年はなんか、強いんでしょ?」
「おう。てかみょうじって俺に興味あったんだ……」
「そりゃ仲のいい友だちが活躍してたら見るでしょ」
「仲のいい友だち?それって俺?」
「真田以外に誰がいるのさ」
「あー、もう、いい。とりあえずそれで許す。許さねえけど許す。」

恋愛のテクニックなんていうものでは「押してダメなら引いてみろ」という言葉もあるが、対こいつの場合は押し倒す勢いで押さなきゃ勝機はねえなとか思ってたけど、案外そんなこともないかもしれない。……こりゃ、夏の女神が俺に微笑んだと言ってもいいだろう。さて、そろそろタイムリミットである。

「な、俺活躍すっから。スタンドで俺のこと見てて」

19.0810(20.0817:再録)
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