「へ、っくしゅっ」
「……もう少し、こっちへおいで」

ふわふわと白い雪が舞う中、繋がれた手を引かれて寄り添うように街中を歩き、目的地へと向かう。普段はポケモンのことにしかほとんど関心のないレッドが、突然「旅行に行こう」と言い出した。何年も彼女として付き合っているけれど、レッドがこんなことを言うのは初めてのことでひどく動揺した。旅行ってポケモン修行のこと?それとも私じゃなくてピカチュウに話しかけてる?すぐに返事ができなくてそんなことばかり考えていたものだから。レッドが選んだ旅行先はシンオウ地方の北端、キッサキシティ。カントーから出るのも久しぶり且つ雪国への旅行に、私の心は躍らないはずもなく、小さい子供かと自分でも呆れてしまったけれど、昨日は楽しみでなかなか眠れなかった。

「…ここ、だね」
「わあ……!すごい!」

着いたのはキッサキ郊外にある丘。ここからキッサキの街を一望できる。フェンスに身を乗り出してそこからの風景を見ると、街からの仄かな灯りとしっとりと降る雪、クラシカルな街並みが、カントーにはない幻想的な雰囲気を醸し出していた。とても、美しい。“綺麗”とは違う、“美しい”のだ。あまりの光景に、私は少し後ろにいるレッドを振り返った。レッドも周囲の様子を見ていたようだけど、私の視線にすぐに気付いて、柔らかく、少しだけ目尻を下げて笑った。ドキン、ドキン。何年も見続けている笑顔なのに、場所が違うからだろうか、数割増でかっこよく見える。そう思ったときには、自分の心拍数が少しだけ上がっているような気がした。
そんなレッドにしばらく見惚れていたのだけれど、レッドの背後、少し先にある白い建物が目に入った。雪に霞んでここからではよく見えない。

「あそこに行きたい?」
「うん、何か気になる」
「あそこに、リンを連れて行きたかったんだよ」

レッドは私の手を取り、雪の中をゆっくりとその建物に向かって歩き進んでいく。

「……ねえ、リン」
「なに?」
「この数年、俺と一緒にいて…楽しかった?」

真っ直ぐ前を向いたまま、レッドは私にはっきりと聞こえる声で言った。周りが静かだから大きく聞こえたのかもしれない。そんなレッドが普段とは違う雰囲気を纏っているようで不安になった。「もちろん。」私も、レッドと同じようにはっきりとそう返すと、「そっか、それならいいんだ」。そう言ったと同時にレッドの足が止まり、私もその隣に止まった。止まったと思いきや、レッドはその建物の階段を上り、扉が施錠されていないか確認し始めた。がちゃがちゃ、と、扉を開けようとする音が響く。

「……俺のこと、色々わかった?」
「レッドのことはたくさん知れたけど、まだわからないことも多いんじゃないかな」

さっきから投げかけられる質問は、どういったことを考えてのものなのだろうか。よくわからないまま、自分の思ったように答えていく。やっと扉が開いたのか、レッドは私を振り向いて「おいで」と一言。質問に対する返事はなかったけれど、レッドの表情が満足そうだったから私は何も聞かないことにした。
中へ入ると、左右にはいくつかのブロックになって置かれている長椅子があった。奥の方に目を向けると、真正面には祭壇。ここは――

「教会?」
「うん」

真ん中には赤い絨毯が敷かれ、祭壇の後ろにはシンオウ地方の神様だろうか、ポケモンの荘厳な像が二つ。レッドはそこをゆっくりと祭壇に向かって歩いていく。私もまた、その後ろを歩いた。

「さっき、リンが言ってくれたこと、嬉しかった」
「嬉しかった?」
「俺と一緒で楽しかったって言ってくれたことはもちろん、まだわからないことも多い、って言ってくれたことは特に」
「……よくわからない。私からしたらレッドのことをもっと知りたいし、そう言われても私はあまり嬉しくないよ」
「それでいいんだ」

更にわからない。不思議に思ってレッドの顔を覗き込むと、また満足そうに微笑みを湛えていた。どんな意図を持ってそんなことを聞いているのだろう。まさか、別れ話に発展するんじゃないか。考えてみればおかしい。突然旅行に行きたいと言い始めたり、行き先がこんな遠いところだったり…なんだか嫌な予感がして、祭壇の前で止まったレッドの手をぎゅっと握った。レッドはどうしたんだ、とでも言わんばかりの顔をして私を見つめていた。

「何年もリンと一緒にいて、俺も楽しかった」
「……うん」
「リンのこと、俺もたくさん知ることができたし」
「……うん」
「俺も、まだリンの知らないところ、たくさんあると思う」
「……うん」
「だから、」

刹那、私の身体を暖かいものが包んで、耳元で聞こえた言葉。

「結婚、しよう」

しばらく、何を言われたのか全く理解できなかった。だけど、私は反射的に「はい」と答えていて。私を抱きしめていたレッドが私から離れてようやく頭が回って、涙が溢れてきた。「私、レッドの、お、お嫁さんになるの…?」言葉を紡ぐたびに涙が出てきてしゃくりあげてしまう私の頭を、レッドは優しく撫でて「そうだよ」。私の心は、別れ話ではなかったという安堵と幸せでいっぱいだ。そもそも、私はどうしてそんなに不安がる必要があったんだろうか。今になって馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「……知らないことは、これから一緒にいて知っていけばいい。もっと、リンのことを知りたいんだ」
「わ、私も……レッドのこともっと知りたい、もっと一緒に、ずっと一緒にいたい」
「じゃあ、決まりね」

幸せにする。
私の頬に触れ、幸せそうにレッドは頬をほんのりと染めた。ああ、レッドも私と一緒にいて幸せなんだな。そんなことを思いながら、近づいてくる唇に瞳を閉じた。



affettuoso




教会を出るころには雪が止んでいて、辺りの雪景色はキラキラと太陽の光を受けて光り輝いていた。私の左手の薬指も、雪に負けない、暖かくて幸せな光を放っている。

「婚前旅行のつもりだったの?」
「正確には、恋人同士として最後の旅行」
「!」
「これからは違う、でしょ?」
「……そうだね」




****


affettuoso(アフェットーソ)
[伊]愛情をこめて






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