「夏彦、エリス、早く来いよっ!」
一人の勝気そうな少年が、そう言って後ろを振り返った。
「お前は早過ぎだ蛮!もっと周りの事を考えろ!」
振り返った先の少年は、更に後ろにいる少女を気に掛けつつ答える。

その気に掛けられた少女と言えば・・・・・・。
「きゃっ!」

短い悲鳴を上げつつ見事に転んでいた。


このままずっと。


『美堂 蛮』と名乗る彼がこの街に来てから、既に一週間が経とうとしていたある日の事である。エリスがこんな事を提案した。
「あの森に、蛮も連れてってあげよう!」
『あの森』というのは、弥勒一族が修練や鍛錬のため頻繁に使用している森の事で、エリスや夏彦達もほぼ毎日訪れている場所である。そのため会話に上る事も多く、蛮も前々からかなりの興味を寄せていた。だが二人の会話から察するにそこはとても神聖な場所で、一族の者しか入ってはいけないと思っていた彼は、
「いいのか。俺が行っても。」
と、遠慮がちにそう口にした。一方夏彦の方はと言えば、エリスの相変わらずな突拍子のない発言に只々溜息を漏らすばかりである。実際、蛮が心配しているような事は規則の中に一応存在している。だがそんなものこの少女にかかれば、
「大丈夫よ。バレなければ。」
の一言といっそ清々しいほどの笑顔で片付けられてしまうようになったのは、物心つく前からだったような気がする・・・・・・。

と言ったところで、話は冒頭に戻る。
まあ要するに、初めて来た場所にはしゃぐ蛮を追いかけるために夏彦もエリスも通常より早足で山道を駆けた結果、エリスが地面とご対面することになったわけである。

何故その土地に不慣れなはずの蛮ではなくエリスが先に転ぶこととなったのかといえんば、それは一重に彼女の性格、もとい、彼女の才能の御かげといえよう。
人生約八十年、人によって時期は様々だがみんな一度は必ず出会うであろう、『何も無いところで
転ぶ人間』に。蛮と夏彦達にとってエリスは正にそれであった。つまり彼女は抜けているのである。流石に歩くたびに転ぶということは無いが、それでもその頻度は常人の比ではない。夏彦達の反射神経は転ぶ彼女を支えるために鍛えられたと言っても過言ではないほどだ。
「あはは、また転んじゃった。」
そう言いながら、彼女は立ち上がって洋服についた土埃を払う。幸いな事に怪我は無いようで、二人は人知れず安堵の溜息をついた。
「気をつけろよ。只でさえ昨日の雨で土がゆるくなってるんだ。」
「そう。そして只でさえお前は転びやすい。

「うん。でも大丈夫だよ。今度からは気を付けるから。」
『『だから・・・その根拠のない自信は一体何処から来るんだ。』』

エリスは、抜けたところがあると同時にひたすら前向きな少女でもあったのだった。


山道をひたすら歩き続け、そこについたのはもう日も沈みかけた頃だった。
「うわぁ・・・・・・。」
蛮が思わず感嘆の声を漏らす。
太陽は赤く燃えていて、空には美しいグラデーションが広がっていた。視界の端の方から段々と闇色が濃くなっていく。
「気に入ったか?」
「ああ、もちろん!すげぇ・・・・。」
視界が太陽にくぎ付けになったまま即答した蛮に、夏彦は思わず笑みを溢した。
「じゃあ、ここでちゅうもーくっ!」
そう言ってエリスは片手を大きく上げた。
二人が慌ててそちらを振り向くと、彼女は微笑みながら二人に言った。
「願い事しよう!」
「「は?」」
何故今ここで?とか願い事って普通流れ星じゃないのか?とか言う疑問が二人の頭を掠めたが、エリスが
「大丈夫!星の中じゃ太陽が一番偉いんだから、願い事の二、三個くらいすぐに叶えてくれるよ!」
といって彼らの腕を引っ張ったため、その疑問もうやむやにされる。だがそんな理屈でホイホイ願いが叶ってしまったら、願い事をする人間は一人もいなくなってしまうであろう。
エリスとて、きっとそのくらいの事には気付いているはずだ。だがそれでも、彼女は二人を夕日に向かって立たせると自分もその間に立って手を組み、そして瞳を閉じた。

「どうか、夏彦や蛮、みんなずっと一緒にいられますように・・・・・。」
二人は一瞬ピクリと反応したが、何も言わず只俯いた。


嫌な沈黙が走る中、エリスがゆっくりと目蓋を上げる。
「……どうしてだろうね。人は……叶わないと分かってる願いでも、願わずにいられない。思わずにいられない。」

初めて会ったときから、蛮も、エリスも、夏彦も…みんな知っていた。
一緒にいられる時間は、そう長くは無いだろうと……。

誰かに教えられたのではない。悟ってしまったのだ。だがだからこそ全員が、今このとにを大切にしようと思った。限られた時間の中で沢山の思い出を作ろうと……。
それでも……。
「それでもやっぱり、寂しくなっちゃう時があるんだ。だから、お願いするの。もっともっと、ずっと一緒にいられますように……。」
そう誰にでもなく呟いて再び目を閉じるエリスを見て、夏彦と蛮もどちらからともなく目蓋を下ろした。……が。

「それから、夏彦と蛮の仲がうまくいきますように。」
エリスがそう言ったと同時に、夏彦の目だけがカッと見開かれる。
「なっ…ななななにを……っ。」
慌ててエリスを見つめる彼の顔は見る間に赤く色付いていく。
一方の蛮といえば、とりあえず目は開けてみたものの訳がわからず首を軽く傾げたままだ。
「エリス。今のはどういう意味だ?そんなに俺と夏彦は仲悪そうに見えるか?」
「ううん。そういう意味じゃないのよ?ねえ夏彦。」
エリスは上手く蛮をはぐらかすと夏彦に話を振った。相変わらず訳のわからない蛮は、少し驚いてから視線を彼に向ける。
「?夏彦には分かるのか?」
じっと見つめられた夏彦といえば…
「………っ。」
これ以上ないくらいに赤くなり、そしてその顔を隠すように俯いたかと思うと、
「………らん。」
「へ?」
「知らんっ!!いいからさっさと帰るぞっ!」
と叫んでから、逃げるようにしてもと来た道をひき返していくではないか。
「ちょっ、ちょっと待てよ夏彦っ!」
蛮は慌てて後を追おうとするが、後ろから聞こえてくる笑い声に足を止めた。
「?どうしたんだ?エリス。」
「(クスクス)ううん、なんでもない。それより早く行こう!夏彦においてかれちゃうよ。」
「って、だから待てったらっ!」
今日は二人とも何なんだ、とぼやきながら、少年は前を行く二人を追いかけた。


今はまだ…ううん。これからもずっと、一緒にいられますように。それから、夏彦の想いが、早く蛮にも伝わりますように……。


鏡迷刹那様からいただきました!日頃から書いて書いてと言っていた甲斐がありました。
刹っちゃんありがとー!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -