まず目に入ったのは、忌々しい瞳。

何事かと辺りを見渡しても目に映るは己のみで、ここが全面鏡張りの趣味の悪い部屋であると理解する。

持ち主はなんとなく予想できる。しかし何故ここにいるか、それが理解できない。

それにしてもなんという趣味の悪さだろう。
見渡す限り鏡、鏡、鏡、鏡、鏡、鏡。

――ああ、気が狂いそうだ


「お気に召したかな?」
突如現れた自分でない存在に、美堂蛮は警戒するよりもまず一瞬安堵した。
現れたのは、やはりというべきか、この悪趣味な部屋の主であろう、鏡形而。
彼とは今敵対関係にある。
殺しこそすれ、こうして無傷で蛮を捉えることはないはずだ。
拷問でもするつもりかと思ったが、その道具も見当たらない。
しかし今の蛮にとって何をされるかなどどうでもいいことだった。
願いはただ一つ、この部屋から一刻も早く脱出したい。
その願いなどおかまいなしに、鏡はことさらゆっくりと近づいてきた。
細く長い指が頬を撫でる。

――気持ち悪い

逃げなかったのに気を良くしたのか、鏡の唇は緩やかな弧を描いた。
「自分の花嫁が傷ついているのを観るのが、忍びなくてね」
これがここへ連れて来た理由だと気づくまでしばらくかかった。
ぼんやりした頭では、聞いてはいけない単語を聞いた気がするとしか思えなかったからだ。
「花嫁は、卑弥呼じゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ、さ」
――どんな理屈だ
「ああ、そんな胡散臭そうな顔をしないでくれ。オレはいたって真面目だよ」
「なお一層悪い」
相変わらず頬を撫で続ける指に蛮は眉を寄せた。
いい加減やめろと訴えているのが見てとれる。

そんな蛮を余所に、鏡は撫でるのを止めるどころかさらに距離を縮めてきた。
呼吸が肌で感じ取れるくらいの、至近距離。

「キミだけが傷つく必要は無いんじゃないかな」
「何を言っ…」
ている、と続くはずの言葉は、鏡の咥内に消えた。
流石に我慢ならないのか、抵抗しようとした手も抑えられ為す術がない。
「っ!
…噛まないでくれよ。痛いな」
「自業自得だ、変態が」
酷いなーと言いながらも鏡は楽しそうに見える。それが益々蛮を不機嫌にさせた。
どこを見ても視界の端に映る自分の姿も、不機嫌の理由の一つだ。

「目を瞑ればいいんだよ。
そうすれば誰も傷つかない。君も含めて、ね」
「だからさっきから何を言ってる」
「花嫁へのアドバイスさ。キミは自分のことにはてんで無頓着だからね」
お前になにがわかる。
そう言いたいのに言葉が紡げない。

「何も見なくていいんだ。何もね」

視界が塞がる。
何も見えない。忌々しい、この瞳も。

「目を瞑って。眠っていていいんだよ」
耳元で囁かれて、蛮は本当に眠ってもいいような気がした。

急速に訪れる睡魔。
ぼやけた視界に映るのは、緩く弧を描いた唇と、鏡の中の自分。

気のせいだろうか。
鏡の中の自分も笑った気がした。

ゆっくり休むがいい、オレの花嫁。
起きた時、キミを責めるモノはなにも無い。

ただ安らかな眠りを

再び意識の途切れた蛮を抱き、鏡はその場を後にした。

残ったのは静寂。

蛮を呼ぶ声がそこに木霊するのは、その数分後のことであった。

忘れ去ったころにすみません。7700番キリリク鏡蛮です。
大変、大っ変遅くなりまして申し訳ありません。しかも意味不明でさらに申し訳ありません。キリリクなのにほんのりダークですみません。なんかもうすべてにおいてすみません。
061123 藤咲
 

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