ふと、一人でゆったりしたくなり、ちょうどよくそこを見つけて足を運んだだけで。
まさか、先客がいたとは。
灯火
引き返そうとも考えたが、彼が一人で行動しているのが珍しく思い、好奇心のおもむくままにそのまま進んだ。
薄暗い路地。彼の顔だけが煙草の火で赤く照らされている。
視線の先はただの壁。だか壁ではなく遥か遠くの何かを見つめているようだった。
一歩、二歩。
距離を詰めても背を壁に預けたまま微動だにしない。気づいていないはずがないのに。
三歩、四歩、五歩。
未だ微動だにせず。ゆらゆらとのびていく煙だけが時の流れにのっていた。
六歩、七歩、八歩、九歩。
十歩。
「よぅ」
1mも無くなってから、ようやく口が開かれる。
「…銀次は?」
「波児に押しつけてきた」
押しつけてきた、というところに銀次の抵抗のあとが見える。
「邪魔したな」
誰にだって一人になりたいときがあるものだ。引き返そう、そう思ったが。
「まぁ待てよ」
引き留められた。
マルボロ。付き合えということらしい。くわえると、素早くジッポの火が差し出された。
隣に背を預ける。距離はそれほど開いていない。
彼と同じように、壁を見つめた。
俺には何も見えなかった。
二つの小さな灯火だけが、ほんのり、明るい。
「士度」
彼の口から発せられたそれは、確かに自分の名であるはずなのに、異国の言葉のように聞こえた。
そういえば彼が自分の名を呼んだのは初めてではないだろうか。「士度」
煙と共に吐き出された名前を吸い取るように、そっと唇を重ねる。
理由はない。気づいたら触れていた。
触れた唇は、少し、震えていた。
遠くを見つめていた瞳は、伏せられたあと、手元の小さな火へ移され。
見つめる彼は、どうしてこんなにも…
「泣くな」
「泣いてなんかいない」
「泣くな」
理解した。唐突に理解した。
これは、この灯火は。
薄暗い路地。
指の間の小さな灯火は。
小さな、命の。
流れる雫を掬い、再び触れるだけのキスをした。
捏造過多。勝手に士度に煙草吸ってもらいました。原作では吸ってないですよ…ね? 吸えない人だったらどうしよう。
士度はキングオブ包容力だと思ってます。
士度はキングオブ包容力だと思ってます。