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あなたの検査結果は 糸の保有なし です




 糸の有無は希望があれば保険証に記載することができる。この制度が適用されたのは二十年以上前の事件がきっかけだ。
 当時十八歳の女性が雄型の糸の保有者に運命の人だとしつこく言い寄られ、ストーキング被害にあったという事件があった。彼女は糸を持っていないと何度も主張したのだが聞き入れられず、公的にそれを証明する手段が必要だと言う世論が強まりこの制度が出来た。
 他にも糸がらみの事件というのは小さいものも含めれば多数ある。例えば、三年前に起きた主人公子の話だ。
 明るい性格の彼女は糸を持っていないがやたらと異性に好かれる。それは糸とは関係のない、人間としての魅力がそうさせているのだが、周囲の女性にしてみればそれが面白くないわけだ。
 糸のフェロモンならば話は分かる。だが、同じ糸なしなのに何故こうも格差が出るのだと納得が出来ず、無理やり雌型抑制薬を投与されそうになったことがあるのだ。
 それから、彼女の保険証には糸保有なしの記載がされるようになった。
「保有……なし!?」
 彼女の財布からそれを盗み見たジョルノは衝撃を受けた。雌型の糸を持つジョルノは、公子が運命の人だと思っていたからだ。
「……っ」
 急ぎ彼女の財布を戻すと、数秒後に公子が部屋へ戻ってきた。
「どうかした?」
「いえ、この問題を教えてもらえますか?」
「ああ。ここはね……」
 公子はジョルノの家庭教師である。毎週火曜・木曜の夜八時から二時間、数学と英語を教わっている。
「先生、来週夕飯を一緒にどうですか?実は来週、手伝いの方が休みを取ってしまったので外で食べようと思ってるんですが」
「んー、ごめんね。さすがに子供を夜遅くに連れまわすのは出来ないから」
 公子は堅物だ。仕事の関係にある人物と一線を越えることは絶対になく、その一線が引かれている位置がこれまた遠い。私用の連絡先はまだ教えてもらっていないし、このように一緒に外出することも絶対にない。
(口説く機会がなさすぎる)
 例えば一度でも手を出せればあとは落とす自信があったとしても、その最初の一手を絶対に打たせてもらえないのでどうしようもない。

 結局食事の約束は取り付けられなかったが、翌日ジョルノは執事のテレンスに来週の火曜木曜は休暇を取るよう言い渡した。
「お父様はご存知で?」
「僕から話しておきます」
 父は常に不在がちなので手を打たずとも家には帰ってこないだろうが念のために連絡をつけておく。

 父さん、日ごろからお疲れのようですので僕がエジプトの高級ホテルで父さんをもてなす準備をしています。来週の火曜にこの地図の場所に来てください。僕は学校があるので現地へは行けませんがたまにはゆっくりしてください。

「これでよし。あの人単純だから何も思わないだろう」
 何故エジプトだとか、その金の出所って結局自分だよね、とか、そういうことを一切気にしない父だった。


 テレンスも父DIOもいない、一人きりの火曜日。朝の六時にセットした目覚ましがけたたましく鳴り響き、不機嫌そうにそれを止めてもそもそとベッドから這い出るジョルノ。枕元においてある薬を水で流し込むと二度寝を決め込んだ。
 朝が苦手なジョルノは起きたときにフェロモンを抑止する薬を飲むようにしている。だが、今日はそれではいけないのだ。夜八時には、確実に効果を切らせないといけない。
 時間ギリギリに登校し、いつものように学友と話し、授業を受け、放課後になると一目散に部屋に戻る。
 子供の証しでもある制服を早く脱ぎたかった。私服に着替えて手首に香水をほんの少しふりかけ、首筋にそれをこすりつける。出来ることは全てやっておきたかった。
 時間は夜六時を過ぎ、薬の効果も切れている。だが効果を切らすことがここ数年なかったので本当に体質が変わったのかを確かめるため、ためしにコンビニへ行く。道ですれ違う人、店内の客、店員、全ての女性が、こちらに秋波を送っているのがわかる。ジョルノはかなり強い体質の持ち主で、医者からも薬を飲み忘れた際の君の身の保障はしかねると釘を刺されている。
 自分でフェロモンを出していると言う自覚はないが、確かに効果はあるようだ。あとは、家庭教師を待つだけだ。

「こんばんは。主人です」
「先生、お待ちしていました。どうぞ」
「はい。お邪魔します」
 表面上は彼女に変化がない。だが理性の塊のような女性がすぐに落ちるとはジョルノも思っていない。根気強く我慢することは構わないのだが、タイムリミットが二時間というのがネックだ。
「今日は手伝いの方がいないので僕がお茶を淹れます」
「いいのよ。それより宿題宿題!」
 開始三十分は何事もないいつも通りの授業が続いた。先週の宿題の復習とそれを踏まえての小テスト。だがジョルノが問題を解いている最中、公子はふと違和感を感じた。
 何だか甘い香りがする。今日はケーキが出てきていないのに、この甘い香りはどこから漂ってくるのだろう。ふと匂いが強くなるほうに目を向けると、ジョルノの美しい金髪がかかるうなじが見えた。思った以上に逞しい首筋に、公子は目を奪われる。
(……はっ)
 ぼんやりしてしまったと自覚すると、気合を入れなおすため頬をパチンと叩いた。
「どうかしましたか?虫でもいました?」
「あ、違うの!」
「じゃあ少し寝不足とか」
「もう。いいからテスト終わらせちゃって!」
「終わってますよ。それより、僕は先生の体調が悪いことの方が心配です」
 椅子から立ち上がり、公子のほうに近づくジョルノに目が釘付けになる。ボタンを二つも外した胸元から覗く白い肌と、それを盛り上げる男の筋肉。十五歳とは思えない妖しい色香に飲み込まれ溺れそうになる。
「先生、呼吸が荒いですよ。少し横になって」
「あっ……」
「いいから、ほら」
 公子を抱きかかえ、部屋の隅にあるベッドへと運ぶ。さすがに成人女性の体重を支えるので腕が震え、降ろしたときにため息が出たが、そのため息さえも艶っぽい。
「呼吸が苦しいのでしたら先生もボタンを開けた方が良いですよ」
「や、め」
「先生、僕に任せて」
 そう言ってこちらを見つめるジョルノの瞳には、明らかに『悪』が宿っていた。これは体調を心配している人間の表情ではない。何かしら自分にしようとしている。だが、逆らえない。
 されるがままにボタンを外されていると、胸にジョルノの手首が当たる。柔らかい部分を押されるたびにもどかしさで声が漏れそうになる。
「どうです、少し楽になったでしょ」
「あ……大丈夫だから、次の問題集……」
「今日の分は全部宿題にしてしまいましょう。横になっていると眼鏡邪魔でしょう」
 そういって次々と公子の装飾具を外していく。眼鏡、ベルト、上着。
「ジョルノくん!本当に、大丈夫だから、私」
「いえ。まだ呼吸が荒い。僕も幼い頃は病弱でよくそういう風になってたんですよ。そのたびに、いなくなった母がこうやって擦ってくれてました」
 そう言いながら胸元を擦る。
「こうやって恩返しする前に母は亡くなってしまいました……先生、少しだけでいいんでこのまま休んでてくれませんか?」
「あ……う……」
 そういわれると強く言い返せなくなる。だがもちろんそんなことはウソだ。母が死んだかどうかすらよくわかっていないし、こういうことをされた記憶もない。
「先生、どうしました?かゆいところでもあるんですか?」
「ちがっ」
「……もしかして、もっとちゃんと触って欲しい、とかですか?」
「違うの!私、生徒さんをそんな風に思っ……」
「思ってください。あなたの疼きを僕が解決できるのなら、こんなに嬉しいことはありません」
 とうとう直接、手を触れた。邪魔な下着を取るために背中に手を回せば、公子も抵抗するどころか体を浮かせて外しやすい体勢になってしまう。胸を締め付ける感覚がなくなったと感じた瞬間、胸の突起に電気のような感覚がはしる。
「こうされたかったんですか?」
「違う……本当に、ちが……ああ……」
「じゃあやめてほしいですか?」
「……」
「言わなきゃ、分からない」
「ふっ……だ、め……」
「ダメじゃないです」
 手持ち無沙汰になっている公子の手をジョルノが自身の体の中心に導く。そこにある膨らみは彼を少年と呼ぶに躊躇させる程に主張していた。
「本当に、違うの。こんな風にジョルノくんのこと見てたわけじゃないの」
「ええ。仕事中のあなたは私情を混ぜるような真似一切しませんでした。今は休憩中。少しくらいなら、構わないでしょう?」
「……本当に、どうして……急に、ジョルノくんのことが……」
「僕のことが?どうしました?ちゃんと言って……」
「ジョルノくんと、もっとくっついていたくなって……」
(ああ、最高だ。僕のそばにいて、僕を欲しくてたまらなくなって……。これが糸のフェロモンだと知ったらあなたはすぐに薬を買いに走るでしょう。だから……)
「ジョルノ、くん?」
「……先生。それは僕に恋をしたということですよ」

 だから僕は、絶対に言いません。これが生理現象の一つなのだということは、死んでも明かしません。僕がたった一つだけアナタに抱える、唯一の嘘です。


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