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あなたの検査結果は 糸の保有なし です




 公子はもう、行為の最中の愛しているを信じられるほど子供ではない。安物のベッドが鳴らすスプリングの軋む音と、彼の乱れた吐息と、その中に混ざる愛しているが、何故だか公子の涙腺を刺激した。
「痛かった?ごめん」
「……違うの」
「どうしたの?」
「……別れよう、典明」

 花京院典明は雄型の赤い糸保持者である。大勢と同じように小学校卒業と同時に検査を行ったのでこの事実を五年以上自分の中に抱えている。
 最近の若い人たちは自分が糸を持っているかどうか誰にも話さないという傾向が多く、花京院もまたその考えに賛同していた。
 恋愛に関する、非常にプライバシー性の高い個人情報なのだから、その相手以外に言う必要はないはずだ。
「その相手というのが、君だと思ったから打ち明けた。確かに君は運命の人とかいうやつじゃない。だけど糸なしだから好きにならないとか、そんなのおかしいだろ。これは一種の体質だ。気持ちと何ら関わりがない」
「だけど、この世界に典明の運命の女性がいるんでしょ。その人が現れるまでの“つなぎ”でいるのはもう、耐えられない」
 赤い糸の運命の相手というのは、それなりに年齢が近いことが多い。まだ未解明な部分が多いため断言は出来ないのだが、運命の相手が生まれるプロセスはある程度予測がついている。ただ、どの説も確証がない。
 最も一般的なのが、雌の放つフェロモン、もしくは雄の放つカリスマにあてられた人が、それに沿う子供を生み出さねばと脳が体に命令を下す。それから数年以内に生まれた子供は、そのとき影響を受けた相手の運命の人になるのだという。
「この通説が正しければ、一人の糸保持者に対して運命の相手が複数人いることになる。僕は誰かの運命になれなかった、切れた糸の保持者なのかもしれない」
「かもしれない、なんてあやふやな言葉を信じながら生きていけるほど盲目になれないの。ごめんなさい、別れて」
「いやだ!」
 普段から温厚で大声を上げたことのない花京院が、初めて激怒した。その表情は溢れる怒りの向こう側にほんの少しの悲しみと、別れへの恐れを湛えている。
「僕の人生に今後支配したい人物というものが現れても、それは愛じゃない。愛してるのは公子、君なんだ」
 キスをしたときに目元が濡れた。花京院の涙が、公子の顔に伝ってまるで公子が泣いているような顔になる。
「こんなことになるんなら、話すんじゃなかった」
 現在、雄型の症状を抑える薬は開発されていない。二人の間に憚るこの問題を根本的に解決する方法は、花京院が運命の人を相手にしない以外にない。
 だがその運命の人が現れないのだからどうしようもないし、それまでの間恋人ごっこに興じる気もなければ恋人の言葉を根拠もなく信じられるような期間もとうに過ぎた。
 花京院が糸のことを話した時点から、二人の関係は時限式になってしまったのか。
「……だめだ。別れるなんて絶対に許せない」
「の……のり、あき?」
「僕に悪いところがあるのなら直すよう努力するし、君に他に好きな人が出来たというなら、その相手を消してしまえばいい。そのどちらでもないならどうすればいいのか、今はまだ僕には考え付かない。だから、いい案が浮かぶまで絶対に別れられないようにしなくちゃいけない」
 身近にあるあらゆる紐状のものが、公子の手足に巻きついていく。ネクタイが、コードが、服の袖が、フェイスタオルが、ベッドと四肢を括りつける。
「……手錠を買ってくる。繁華街のアダルトショップならまだ開いてるだろう」
 最後に、ガムテープでベッドごとぐるぐるとまきつけて口にも何重かのテープを貼る。
「赤い糸なんて下らない。そんなもの、僕は君にしか繋げていないよ。少しだけ留守番しててね、すぐ戻る」


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