短篇 | ナノ
1


 ハロウィンの夜。
 女性はT字の形になるように靴を脱ぐ。
 そして歌を口ずさみながら後ろ向きで一切喋らずにベッドに入る。
 すると、夫となる男性の夢を見られるという言い伝えがありました。


ハロウィンの夜に


 そんな話をハロウィンの夜、寝る直前にロゼッタに教えてくれたのはラナだった。彼女も年頃の女の子だ、少し高揚した様にロゼッタの寝間着を整え、髪を櫛で梳きながら楽しげに語る。
 どうやらこの話はアスペラルに住む女の子ならば誰もが知っている古い言い伝えらしい。
 アルセルにはそんな話はなかった。むしろハロウィン自体が無い国だった為、ロゼッタは歳相応の表情で聞いていた。

「ラナはした事あるの?」

「その……小さい頃に一回だけ」

 少し照れた表情でラナは答えてくれた。照れる姿も愛らしいのだが、きっと兄であるリカードが知ったら、ショックを受けるに違いない。

「どうだった? 本当に夢に出たの? どんな人だった?」

 興味津々でロゼッタは次々と尋ねる。このアスペラルは精霊を敬い、魔術と共に生きる国だ。そんな言い伝えがあっても不思議ではないし、実際に未来の夫の顔が見れる気がしたのだ。

「えっと、誰か居た気がしたんですけど……覚えてないんです。夢の話ですし」

 両頬を両手で押さえながら、困った様にラナは少し考えた後に首を横に振った。試したのは歳が十にも満たない時であり、夢の事などすぐに忘れてしまったのだという。
 だが実際に誰かが夢に出たというのは覚えているという。未来の夫がいる嬉しさに、翌日は母と姉に興奮した様子で話したと苦笑しながらラナは言っていた。

「あら、姫様まだ起きていらっしゃったの?」

 すると、ロゼッタの部屋に世話役の一人エリノアが入ってくる。湯浴みの後に使ったタオル類等を片付けに行っていたのだ。
 就寝時間だというのに、未だにベッドに腰掛け喋っている二人にエリノアは溜息を一つ吐く。

「もうご就寝の時間ですわよ。ラナもお喋りは大概になさいな」

 くすくすと苦笑しながら窘められた。ロゼッタとラナより彼女は年上であり、二人にとってはお姉さんの様な感覚の人だった。

「ご、ごめんなさい姉さん」

「ごめんねエリー。そろそろ休むとするわ」

「ええ、明日も早いのだから二人は早く休んでってグレースも言っていたわ」

 そして手早くラナとエリノアは片付けを済ませると、ランプを片手に一礼して部屋を出て行った。
 一人残されたロゼッタは台の上の燭台の火を消そうとして、ふと手を止める。先程のラナが教えてくれた言い伝え、それが頭を過ぎったのだ。

(夫となる男性かぁ……)

 オルト村に住んでいた頃はいつかこの村か、近隣の村に住む歳の近い男性と結婚して家庭を築くのだと思っていた。しかし状況は一変。ロゼッタはこのアスペラルの王女という立場になった。
 という事は、彼女の将来の夫はどうなるのか。
 漠然と地位のある男性になるのかもしないと思ったが、あまり想像も出来ない。どんな人と結婚できるのだろうかという好奇心があった。

(だ、誰も見てないし……大丈夫よね)

 こんな言い伝えを信じるのは半分子供の様だと思ったが、幸い部屋には誰もいない。ロゼッタがこの言い伝え通りにしても誰も知らない。
 燭台の火を消すと、ロゼッタはベッドに腰掛け靴をT字の形になるように脱ぐ。そして昔教会で教えて貰った賛美歌を口ずさみながら、器用に後ろ向きにベッドに入り込んだ。ゆっくりと瞳を閉じ、期待と不安を入り交じらせながら気持ちを落ち着かせる。
 数分後、規則正しい寝息が室内に響き始めた。



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