短篇 | ナノ
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 アスペラル王都アーテルレイラにある王の居城を出て早五日。

 王の元側近であるセピア色の髪をした少年アルブレヒト=ハンフリーと、優しげな風貌の文官シリル=ベルナーの姿はアスペラルの辺境な村にあった。
 ここはアルセル公国との国境沿いに程近い村。一度ここに立ち寄り、十分な支度を整えてから行こうという話になったのだ。
 王に仕える彼らが何故こんな国境近くにいるのかというと王の命令であった。彼らは今とても重要な任務についており、内密に行動しなければいけなかった。

 最近になって知ったことだが、王には年頃になる女の子の隠し子が一人いる。そんな彼女を、王は後継者にしたいと突如言い出したのだから国内は一時大変なことになった。
 とりあえず騒ぎはある軍師や宰相、他にも多くの人達のお陰で程度収まったものの、次の王は誰なのか今は誰にも分からない状況だった。勿論王には息子が一人いるので、その王子が後継者だと思われていた。しかし今では王女を歓迎しようという意見と、王子の継承権を擁護する意見の真っ二つに分かれている。
 そして何故突然そんなことを言い出したのか王の真意は不明だが、王の密命により二人はその少女を迎えに行くこととなった。
 不思議なことに、王の隠し子は魔族の国アスペラルではなく、人間の国アルセル公国でひっそりと暮らしているらしい。魔族の国から人間の国への侵入は本来ならば重罪。ある意味命を賭けた重要任務だった。

「ここで食料を揃えましょう。アルセルに入ったらどこで調達出来るか分かりませんから」

「うむ」

 アルブレヒトはこくりと頷いた。
 シリルは長旅は初めてだと聞いたが、アルブレヒトよりもテキパキとしている。真面目な彼の行動がテキパキしているのはいつものことだが。アルブレヒトの方はと言うと、旅をすること自体初めてに等しい。人間の国は実は初めてではないのだが、こうして誰かと旅をするとは思ってもみなかった。
 シリルとは友人であるものの、二人で出掛けることは初めて。十一も年上の友人だが、変な気まずさは無かった。むしろシリルは年下のアルブレヒトに気を使ってくれているのが彼にも分かった。

「あと何日で着く?」

「オルト村にですか? そうですね……あと三日程で到着するとは思いますが」

 今回王の隠し子を連れ出すのは内密。出来るだけ目立たない為に、馬での移動ではなく徒歩だった。徒歩で国境を超えるのは大変だが、命令故に仕方なかった。
 アルブレヒトの様子はずっとそわそわして落ち着かない様子だった。

「緊張してるんですか?」

 店で商品を選びながらシリルにそう尋ねられて、アルブレヒトは蜂蜜の瓶を持ったまま首を横に振った。
 人間の国に忍び込むのはあまり苦だとは思っていない。魔族も人間も身体的な違いはあまり無く、魔術さえ使わなければバレないと言われている。それに普通の人間に正体がバレたとしても、殺してしまえば大丈夫だとアルブレヒトの兄として慕っている男が助言にもならない不穏な事を言っていたからだ。

「多分、楽しみにしてる」

 何故こうも彼に何日で到着するのか尋ねたり、そわそわしたりしているのか考えてみれば、オルト村に到着するのが楽しみにしているアルブレヒトがいた。

「楽しみ……ロゼッタ様に、会うのがですか?」

「うむ」

 ロゼッタ様、というのはこれから彼らが迎えに行くべき相手であり、彼らが仕える相手でもある。
 今回王の隠し子を迎えに行く任務の他に、それぞれもう一つ任務を受けていた。アルブレヒトは王の隠し子の側近、シリルは家庭教師という役割だった。
 アルブレヒトが王から聞いた話だと、王の隠し子――ロゼッタは彼と年齢は近いらしい。二つ年上だが、歳が近いこともあって側近の任を仰せつかったのだ。王からは仲良くしてやって欲しいと、有り難い言葉も頂いている。年頃の女の子との接し方などほとんど知らないが、純粋にどんな方だろうという興味はあったのだ。
 アルブレヒトは王をとても尊敬している。とても尊敬している方のとても大切な娘。期待だけが膨らんでいた。

「……絶対に良い方とは限りませんよアルブレヒト」

 シリルは苦笑混じりにそう言った。
 王には息子が一人いるが、そちらは「バカ王子」と呼ばれる始末だ。聡明な王の血を引くからと言って、その娘もまた聡明とは限らないとシリルは言っているのだ。確かにシリルの言うことは一理ある。
 だが、会ったこともないのにアルブレヒトは何となく彼女は王子とは違うだろうと思っていた。
 友人であり、軍師のリーンハルト=コーエンという男からロゼッタの写真を見せて貰ったのだが、とても綺麗だと思った。孤児院で子供達の面倒を見たりしているらしく、写真の中の子供達と一緒に笑っている彼女の顔は王に似ていた。髪は王とは違って清らかな銀色。瞳は空の様な水色だった。
 今度からこの方に仕える、そう思うと嬉しさと期待が込み上げていた。

「きっと、ロゼッタ様良い方。自分そう思う」

「ふふふ、あなたは陛下が好きですからね」

 何かを見透かしているのか、シリルは笑いながら答えた。シリルとて、今度から新しく仕える少女が良い方であればとは思う。仕える相手の年齢や性別はあまり気にしない方ではあるが、仕え易い相手であることに越したことはないのだから。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 シリルとアルブレヒトは店で干し肉など保存のきく食料をいくつか購入した。そして、本格的な国境超えへと急いだのだった


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