短篇 | ナノ
1

 美しい装飾が施された室内には、壮年の男性とまだ幼さの残る少年がいた。
 男性はゆったりとした動きで手紙を四通書き上げようとしている。少年はそれを後ろから黙って眺め、四通の手紙の完成を待っていた。

 いつもなら教養のある男性は美しく整った字で、差し当たりのない文字を並べるだろう。
 だが、今日は度々ペン先が紙上をさ迷い、言葉に迷っている様子であった。

「……アルブレヒト」

 少年の名前が呼ばれたのはもう少し経ってからだった。しかし、それは手紙の完成の合図でもある。
 アルブレヒトと呼ばれた少年は三歩前に進み、壮年の男性――魔王陛下シュルヴェステルから密書を受け取ったのだった。




 Asperal 〜0幕〜




 四通の手紙をシュルヴェステルから受け取ったアルブレヒトは、本城の廊下を歩いていた。絶対に落としてはならない、という言付けの為に服の中に厳重にしまいこんでいる。
 手紙は四通。訪ねなければいけない人物も四人。よく見知った人物だが、今日は重要な任務という事で緊張の面持ちだった。

(一体、この手紙は……?)

 服の上から手紙に触れ、その中身についてアルブレヒトは疑問に思った。それはただの好奇心などではない。これから先について、深く思案している様にも見れた。
 彼の運命すらも変えてしまいそうな、そんな気持ちだった。

 ふと、アルブレヒトは前方で数名の文官や大臣が話しているのを見つけた。探し人がそこにいないと分かると、彼は近くの柱の影に隠れる。
 見つかれば厄介な事になりかねない。それならまだしも、陛下から預かった手紙を見つけられては大変なのだ。

 大臣や文官達の様子を窺いながら、アルブレヒトは息を殺す。彼らが通り過ぎるのを待っていた。

「……しかしエルンスト様、陛下が先日言っていたのは本気なのでしょうか?」

 文官のそんな言葉がアルブレヒトの耳に入った。その言葉は彼に向けられたわけではない。高位の大臣に対する言葉だが、どこか陛下に対する侮辱の様な棘が含まれていた。
 アルブレヒトは爪を自分の手に食い込ませ、剣を取ろうという衝動を必死に抑える。例え血が滲もうが、陛下の言い付けを守る事が重要なのだ。

「馬鹿を申すな」

 エルンストと呼ばれた高位の大臣は冷笑した。

「陛下が例えあの様な事を申されても、今更陛下の隠し子とやらが継承出来るわけ無い。王位は当然王子に引き継がれる。それに、ルデルトが黙っている筈もないだろう。年を取られて、陛下も大分正常な判断が出来なくなったようだ」

「仰る通りです」

 クックッと喉を鳴らして笑う彼らを、必死に堪えながら睨むアルブレヒト。彼が睨んでいる事など、誰も気付いていなかった。

「しかし、王子に政は大丈夫なのでしょうか?」

「安心せよ。ルデルト家の当主は元から王子にその様な事をさせるつもりは無い。ただ、王子にはそこに居て下さるだけで構わないのだ」

 エルンストという男の言葉は、そのまま王子の傀儡を意味していた。
 エルンストも周りの取り巻きの様にいる文官も、一斉に笑い出す。アルブレヒトにはその笑い声はやけに不快なものであった。
 王も、王子でさえも軽んじている彼らを斬ってしまえたら、とアルブレヒトは思う。そんな事は出来やしないのに。

「そう言えば、陛下の隠し子は本当に来るのでしょうか?」

「……来るさ」

 当然、と言いたげにエルンストは言い切った。

「考えてもみよ。王位に就けなかったとしても、王族の一員となれるのだ。お零れも充分に授かれる。また、王子が不慮の事故で亡き者になれば、後々王位が継承される可能性もある」

 王の隠し子はお零れ欲しさに絶対に来る、とエルンストは言う。王や王子を軽んじる発言だけではなく、彼はまだ見た事もない王の隠し子すら貶めていた。
 だが、文官達には納得出来たらしく、成る程と頷いていた。

 アルブレヒトはもう我慢の限界だった。

 片手は既に剣を抜き、今にもエルンスト大臣に飛び掛かろうとする勢いだった。

「アルブレヒト、抑えて下さい……!」

 
 だが、圧し殺した声がアルブレヒトを抑制させた。彼の剣を持つ手にも、手が添えられ、止めろと暗示していた。

「シリル……」

 そこにいたのは眼鏡をかけ、藤色の髪をした文官――シリル=ベルナー。彼にしては険しい顔付きでアルブレヒトを諫めていた。
 そのままシリルはエルンスト大臣一行が通り過ぎるのを待ち、ようやく声が聞こえなくなった頃にアルブレヒトの剣から添えていた手を離した。

「アルブレヒト、無茶な事は止めて下さい。ここで刃傷沙汰を起こせば、陛下の立場は更に悪くなります。それはアルブレヒトだって嫌でしょう?」

「……うむ」

 シリルの言う事は最もであった。陛下の侍従が上位の大臣に斬りかかったなど、王の醜聞にしかならない。
 アルブレヒトは頷くと、静かに剣を鞘に戻した。その様子を見て、シリルは安堵した様な笑みを浮かべた。

「シリル、どうして此処に?」

 シリルに向き合い直ると、思っていた疑問を彼にぶつけた。仕事中ならば、こんな所にいる筈がないのだ。

「仕事で軍師の所へ行ってきたとこです。アルブレヒトこそ、何でここに? 陛下の侍従のあなたが陛下の側にいなくて良いんですか?」

 シリルが仕事中に出歩くのは珍しいが、城内でアルブレヒトが一人で出歩くのは稀であった。普段は敬愛する陛下の元におり、侍従として側を離れる事はなかった。

「シリルを探していた」

「私を、ですか……?」

 いくら友人とはいえ、普段なら仕事中にわざわざ訪ねてくる事はない。
 用件についても何も心当たりのないシリルは、不思議そうにアルブレヒトを見返した。

「何かあったんですか?」

「陛下から勅命。シリルに、手紙持ってきた」

 服の中に厳重にしまい込んだ手紙の中で、シリル宛のものをアルブレヒトは取り出した。
 そしてアルブレヒトは陛下直筆の署名が入った手紙をシリルに差し出したのだった。



prev | next

[戻る]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -