短篇 | ナノ
1


 王とは何か。

 騎士とは何か。

 永く考え続けても分からなかった。





     陽炎





 騎士になった理由を問われれば、まず真っ先に思い浮かべるのは父だ。
 私の父は長く続く騎士の家系に生まれ、歴代の当主の中でも圧倒的な武勲を立てた。王からも称賛され、民にも慕われる。まさに絵に描いた様な騎士だった。そんな父が私は誇らしかった。母は私を産んでしばらく後、病で亡くなったと聞く。私は母親似だと言いながら、父は悲しげな顔でよく頭を撫でてくれた。
 しかし、私は悲しくなかったのだ。母のことは憶えていなくとも、父がいて、私に稽古をつけてくれる事が何よりの幸せだったのだから。

「父上は、何故騎士となったのでしょうか」

 幼い頃に、そう問いたことがある。生まれが騎士の家系だからと言われてしまえば終わりだが、そう尋ねずにはいられなかったのを憶えている。

「私はこの家も家族も守りたい。そして私にとって王に仕える事が名誉なのだ。ローラント、お前も主君を持てばいつか解る」

 そう父は笑っていた。
 それから私は数年見習いとして父の元で騎士の修行を積んだ。厳しい稽古でも耐えられた。いつか父や私が仕えるべき主君の御役に立てられるのだから、と。そんな未来を想像するだけで頑張れた。それに剣術が好きだったのもあるのだろう。
 それが私にとって一番幸せな時期だった。父がいて、夢があったのだから。




 そして二年前父は死んだ。
 死因は流行病。父の最期は思い描いていたものよりずっと呆気ないものだった。多くの民が悲しんでくれたが、それで私の気持ちが救われるわけがなかった。
 しかし、私には悲しむ暇など無かった。
 父が死に、騎士団長の一席が空いた。その空席に私が推されたのだ。
 私の答えは決まっている。父に代わって指揮を執り、主君であるアルセル王にお仕えする。ただそれだけだった。それに、そうすれば父に近づけると思えた。死んだ父もそれを望むはずだから。
 だが、その日から私の世界は単調になってしまった。
 父がいた席に座り、主君に仕えているというのに、心の中では何かが違うともう一人の自分が叫んでいた。しかし自分にはもうどうしようもない。王以外に仕えると言っても、どの貴族も自分の事しか考えていない様な連中ばかり。主君を見出す事は出来なかった。
 それに指標であった父が亡くなり、私は何をすべきか分からなくなった。立派な父を越したかった。だが越すべき人はもういない。だから必死に父の背を追う様に父のした事、もし生きていたらした事を懸命に考えて行った。今考えればただの猿真似だったが。

「ローラント、奴を殺せ」

 王のそんな命令にも従った。王に逆らうのが怖かったからじゃない。
 主君を失うのが怖かったのだ。
 彼を否定してしまえば、自分の足元も幼い頃からの夢も忽ち崩れる。それに気付いていたからか、自分を無理矢理納得させて押し込めた。きっとこれに慣れたら父に近づけるのだと。
 だが気が付いたら私はただの人形だった。ただ淡々と言われる通りに、父の陽炎を追うだけの日々。
 手など届く筈が無いのだ。私は自分の間違いにも気付いていなかったのだから。


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