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ロゼッタの唯一自慢できる事といえば、体が健康な事だろう。村に住んでいた頃は大きな病気になることもなく、大きな怪我をすることもなかった。
しかし、ここ最近起きた身の回りの大きな変化に彼女の体は音を上げてしまったらしい。とうとう彼女は熱を出して寝込んでしまっていた。
きっと、風邪のせい「ロゼッタ様、大丈夫?」
「……大丈夫よ、アル」
そう言って瑠璃色の瞳でロゼッタの顔を覗き込むのはアルブレヒト。ロゼッタの従者である。
風邪が移ってしまうと悪いので彼には部屋に戻るように言ったのだが、一向に言う事を聞かない。まるで忠犬のように、彼はロゼッタが寝ているベッドの側にいた。
「……バカは風邪引かないって言うけど、あれって本当なのかな?」
アルブレヒトの横で、ノアが薬を調合しながらポツリと漏らした。それは単にロゼッタをバカだと言いたいのか、単に迷信を疑問に思っているのかは分からない。
だが、今のロゼッタには二人に付き合っている体力は無いのだ。突っ込みたいとこだが、あえてスルーした。
心配してくれるのは嬉しいが落ち着いて寝れもしない、というのがロゼッタの正直な感想である。
すると、ロゼッタの部屋の扉がノックされた。誰か使用人が来たのだろうか、と思っていると部屋の扉が外側から勝手に開かれた。
そこに立っていたのは金髪長身の男。離宮一、いや、アスペラル一病気の時に遭いたくない男・リーンハルトだ。
彼を見た瞬間、あからさまにロゼッタは嫌そうな表情を浮かべた。
「ロゼッタお嬢さーん、風邪引いちゃったんだってー?」
「…………何? というか、何でそんなに嬉しそうなのよ」
ベッドの中で体を丸めながら、ロゼッタは扉近くのリーンハルトを睨み付ける。いつもなら大声で追いだすのだが、今日はそんな体力がある筈もない。
「だって、風邪引いたんでしょ? 元気が無いんだよね? だから今がチャンスかと思って」
爽やかな笑みを浮かべるが、その口から飛び出してくる言葉は多分、いや絶対にロゼッタにとっては悪い意味だ。身の危険を感じたロゼッタは見に包んだ毛布をぎゅっと握り締めた。
油断したら文字通り襲われる、そう確信した。
「冗談だよー。そんなに身構えないでって」
しかし、リーンハルトの言葉は正直信じられない。彼は一度ロゼッタを押し倒したという前科があるのだから。
「あぁ、弱ってる時に襲っても抵抗出来ないもんね。流石軍師さん、やる事が計画的だね」
今まで黙っていた筈のノアだが、ふとすり鉢から目線を上げた。
「ちょっと、ノア……!」
案外リーンハルトとノアが揃うと疲れる、という方程式がロゼッタの中で成立した。
少し声を張り上げたせいか、頭が少しクラクラする。だが、ここで弱味を見せたら怖い展開になりそうである。横ではアルブレヒトが心配そうにオロオロしているが、心配しなくていいと彼女は宥めた。
「だから、違うよ。今日はお見舞いに来たの俺」
「え、本当……?」
あまりにも真面目な表情で言うものだから、ロゼッタは目を見開いてリーンハルトを見た。
「風邪引いた時は心細くなっちゃうからねー。それに寒いだろうし。というわけで……」
「?」
結構真面目に心配してくれているのだろうか、と思ったが急にロゼッタに近付いてくるリーンハルト。何をしでかすのかと思っていると、彼は突然ロゼッタのベッドに入り込もうとしてきた。
「ちょっと、何?!」
毛布を掴み、必死に抵抗を見せるロゼッタ。ここで力を抜けばリーンハルトは易々とベッドに入って来るのだろう。
「大丈夫! 温めてあげるよ、一肌で!」
「いらない! 結構だから止めて!」
風邪を引いてるとは思えない程、大きな声でぎゃーぎゃーとロゼッタは騒ぐ。だが風邪を引いていてもここで抵抗を見せなければ、さっきノアが言っていた事が実現してしまう可能性がある。
今日一日くらい休ませて欲しいというささやかな彼女の願いさえ、今日は叶いそうにない。
近くではノアは無表情で静観し、アルブレヒトは剣を抜いて今すぐにでもリーンハルトに斬りかかりそうであった。
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