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「する事なくて、暇だわ……」
そう言って溜息を吐きながら、ロゼッタは頬杖をついた。午前はシリルの授業があったものの、午後は特に何もない。
家事の手伝いもさせて貰えないロゼッタには、暇の潰し方などほとんど無いに等しい。本を読むにしても、まだ文字を完璧に覚えてない彼女には少々大変な作業であった。
「あら、それでしたら姫様」
丁度ロゼッタにお茶を淹れてくれていた金髪のふくよかな女性――グレースが、にっこりと微笑んだ。人の良さそうな顔が、温かな笑みを浮かべている。
「たまには、こんな物はいかがかしら?」
「?」
グレースが提案したとある物を、ロゼッタは興味津津に覗きこんだのだった。
赤に染まるは?「はぁ……眠い」
首を掻きつつ、そう呟きながら離宮の廊下を歩いてきたのはアスぺラルの騎士団の団長――リカード。昨日は仕事で遅くまで本城にいたため、本日は遅くまで部屋で休んでいた。
ようやく長い眠りから起きた彼は、とりあえず広間へ向かっていた。誰がいるかは分からないが、顔を見せに行く為だ。
久々に長く眠ったせいで少し身体がだるいが、ゆっくりと広間へと到着した。
「……なんだ、お前か」
広間の扉を開けて、まず彼の目に入ったのはロゼッタであった。シリルやアルブレヒトを期待していた彼としては、起きて早々会いたくない人物に会ってしまった気分だった。
これ見よがしに悪態をつくリカードに、ロゼッタはむっと眉を寄せる。
「会って早々いきなり何よ? 喧嘩売ってるの?」
「寝起きに喚くな。うるさい」
不機嫌に言いながら、リカードは近くにあった椅子に腰を下ろした。
ロゼッタは未だ睨んでいたが、彼はその視線を無視し続けている。
「シリルやアルはいないのか?」
しかし、ロゼッタだけここにいるのもおかしい。いつもならば、過保護だと思ってしまう位にアルブレヒトかシリルが彼女の傍にいる筈だ。
「……シリルさんは少し席を外してるわ。離宮内にはいるけど、お仕事だって。アルはそれのお手伝いをしてるの」
彼の態度に不機嫌になっていたロゼッタだったが、その性格故に律儀に答えていた。
リカードの質問に答えると、彼女は目線を手元に戻し、何かの作業を再開する。彼女の手には針が一本あった。
「何してんだ、お前?」
どうやら針仕事をしているのは分かるが、彼女が何故そんな物を持っているのか分からない。彼女が家事を手伝おうとすると、世話役のグレースが止めているのをリカードは知っているからだ。
「……刺繍よ」
「へー」
繕い物ではなく、どうやら刺繍をしていたらしい。その証拠に彼女の手には針の他に、刺繍用の木枠と木枠に挟まれた白い布があった。
思ったより器用に、ロゼッタは針を刺したり抜いたりを繰り返していた。そんな彼女をリカードは物珍しげに見ていた。
「意外と器用だな」
「意外って何よ。これでも結構手先は器用よ」
喋りながらも針を動かして絵柄を作っていくロゼッタ。まだ作り始めなので完成はまだ遠そうだが、どうやら花を描こうとしているのは窺えた。
自分で手先は器用な方だと言っていたが、それは事実の様である。針を扱う手も慣れている様に思えたからだ。
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