短篇 | ナノ
1


「下手くそ」

 これはリカードからの言葉。
 剣術の稽古中、彼に鼻で笑われながらストレートに言われた言葉だ。

「……あー、姫様って、大雑把だよね」

 こちらはノアからの言葉。
 魔術の練習中、ロゼッタを目の前にして、憐れむ様な瞳で彼から言われた。当然、褒め言葉の類いではない。



いつもより君が可愛く見えた



「悔しいっ……!」

 今日の講義に言われた二つの言葉を思い出し、ロゼッタは悔しさに表情を歪ませた。思い出すだけで悔しい上に、腹立たしいのだ。
 本日の講義は彼女にとって最悪なものだった。午前はリカードから剣術を習った。が、下手くそと一蹴された上に罵られたのだ。
 午後のノアの講義は魔術の練習。だが、憐れんだ瞳で彼はロゼッタに遠回しに下手と言っていた。

(最初っから上手くできるわけないじゃない!)

 二人にとっては剣術も魔術も当然の事かもしれない。だがロゼッタは今まで村娘として平凡に生きてきた。そんなすぐに器用に出来るわけもないのだ。
 だが、二人に笑われ続けるのは彼女自身が嫌だった。

 だから、誰もが寝静まった夜中に中庭で特訓をする事にしたのだ。

 寝間着から動きやすい服に着替え、稽古用の木製の剣と魔術書を持って彼女は中庭に出た。警備する兵もちらほらいるので、見つからない様な行動を心掛けて中庭に忍び込んだのだ。
 昼間と違って中庭は暗く、明りは月明かりだけ。空気はひんやりとしており、少し肌寒い程であった。

「まずは剣でも振ってみようかしら……」

 魔術書は地面に置き、木製の剣を構える。といっても、見よう見真似がほとんどなので、正しく出来ているかは自信がない。
 リカードがしていた様に剣を構えてみるが、彼女にはこれで良いのだろうかという疑問が残った。

(えいっ)

 彼女は試しに素振りをしてみた。木製の剣がびゅんっと風を切る。
 だが、何だかリカードがしていた時とは違う気がする。

(どうして素振りも満足に出来ないのかしら? 何か違うの?)

 考えてみるが彼女には原因が分からない。
 だが、どう考えてもロゼッタの素振りはへろへろとしているのだ。しかし、リカードがするとその姿すら美しいと思ってしまうほど剣筋が洗練されている。

(……筋肉の差? それとも経験?)

 やはり普通の少女であるロゼッタと、騎士であるリカードには大きく差はある。筋肉もその中の一つだろう。騎士と言うだけあって、彼は筋肉の付き方からして違う。幼い頃から鍛えられた賜物だろう。
 勿論、直接見た事はない。だが服の上からや姿勢、立ち振る舞いなどから多少は表れるものだ。

(素振り頑張ったら、私にも筋肉付くのかしら?)

 あまり女性らしくないがっしりとした体型は嫌だが、少し力を付けるのは良いかもしれない、とロゼッタは思う。自分の身を守る時でも役に立つだろう。
 少しは成長した自分を思い描きながら、ロゼッタは懸命に木製の剣を振った。

「おい、何している」

「!」

 突然背後から声が聞こえ、ロゼッタは肩をびくっと震わせた。
 ここで声を掛けられるとは思っていなかったからだ。

「だ、誰……?!」

 彼女が振り向いて大きく見開かれた水色の瞳に映したのは、黒髪に赤眼の不機嫌そうな表情をした男。いつもの軍服ではなく、黒いタンクトップに上衣という珍しくもラフな格好であった。
 彼がリカードである事に気付くのに、左程時間は掛からなかった。



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