アスペラル | ナノ
2


 森丘にある古城の一室で、ロゼッタは眠っていた。

 少しだけ開けられた窓からは新鮮な空気が入り、窓硝子を抜けて暖かな陽光が差してくる。床まで長いレースのカーテンは、音もなくゆらゆらと揺れていた。
 部屋の中には鏡台や装飾の付いたテーブルと椅子。あまり家具はないシンプルな部屋だった。

 そんな中、部屋の中で一際目立つ存在が天蓋付きのベッド。軽く人が二、三人は眠れそうな大きさだ。
 そんなベッドの中で、ロゼッタは静かに寝息を立てていた。室内には彼女以外誰もいない。

 室内はまさに静寂に包まれていた。

「ん……」

 そしてとうとう、彼女の瞼が揺れた。気だるさを残しつつも、朦朧とした意識の中で彼女は無意識に瞼を押し上げる。
 彼女の水色の瞳に真っ先に映ったのは、真っ白な天蓋だった。

「え……?」

 見覚えのない光景に、ロゼッタは慌てて上半身を起こした。
 驚きで一気に目は覚めた。一度息を吸い、もう一回彼女は自分が今いる場所と周りを見渡す。

 だが、よく見渡してもこんな場所知らない。

「ここ、どこ……?」

 ただ分かるのは、ここがとてつもなく豪華な部屋だという事。室内の調度品はロゼッタでも高価だと分かる程、立派であった。

 今入っているベッドだってそうだ。シーツも掛け具もサラサラと滑らかな手触りをしている。村の教会にいた頃使っていた、ごわごわした毛布とは全然違う。
 これが多分絹なのか、とロゼッタは納得した。勿論見た事も触った事もないが、何となくそう思ったのだ。

 シーツや掛け具も素晴らしいが、この豪華なベッドも圧巻する程だった。
 二枚の幕が天蓋から下がっている。今は支柱に紐で留められているものの、一枚は厚手の生地で光を遮りそうである。二枚目は留められておらず、風に揺れるレース地であった。
 天蓋を支える四本の柱は一見細いが、力強く支えている。更によく見てみると、植物の蔦が巻き付いている様な彫金が施されていた。

 ベッドだけではない。実にシンプルに見える部屋だが、他の調度品にも細かい彫金がされている。植物をモチーフにした物が多い様だ。

 テーブルの上には花瓶に切り花が生けられていた。綺麗な花なのだが、ロゼッタには名前が分からない。

 とりあえず彼女はぼんやりとしているのは止め、ベッドから出る事にした。
 右足を床にそろそろと下ろす。ひんやりと石の冷たさが足全体に伝わってくる。

「私の靴は……」

 辺りをキョロキョロと見渡すが、ロゼッタが村から履いてきた布の質素な靴は無かった。
 ふと、ロゼッタは自分の身体を見下ろした。多少は女性らしくなってきた身体が纏っているのは、村から着てきた服ではない。ワンピースの様な白い寝間着。

 これまた手触りの良い上等な物だった。裾は膝の辺りで波を描き、上品に揺れる。寝間着にも関わらず、胸元と袖と裾には花の刺繍がされていた。

「どうして私こんなの着て……」

 ロゼッタは記憶を手繰り寄せ、眠る以前の事を思い出そうとした。少なくとも、こんな場所に来た記憶はない。

「……そうだ、リカードを森で探してたらルデルト家に見つかって、それで……戦って、どうしたんだっけ……?」

 よく覚えているのはリカードが使った火系魔術。剣から放たれた焔が多くの物を飲み込み、彼女も僅かに恐怖した。
 だが、それ以降の記憶は曖昧だ。唸って彼女は考えるが、やはりそれ以上は出てこなかった。

「アルとリカードは……どこかしら」

 よく状況は把握出来ないが、きっとロゼッタがここにいるならば、彼らもどこかにいるはず。
 ただ見知った者がいないというだけで、彼女の心を不安が占めていた。

 自分が思っていたよりも、随分と彼らを信頼していたらしい。

 そんな自分を不思議に思いながらも、彼女は部屋を出て彼らを探してみる事にした。

「……この格好で大丈夫かな。服も靴もないし……」

 部屋をどんなに見渡しても、ロゼッタの服も靴も無いのだ。本来ならはしたない行為だが、ロゼッタは寝間着、そして裸足のまま部屋を出る事にした。

「とりあえず、皆を探してここがどこなのか聞かなきゃ」

 不安を紛らわす様に大きな声を出し、部屋の扉を押し開け、ロゼッタは部屋を後にしたのだった。


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