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森丘にある古城の一室で、ロゼッタは眠っていた。
少しだけ開けられた窓からは新鮮な空気が入り、窓硝子を抜けて暖かな陽光が差してくる。床まで長いレースのカーテンは、音もなくゆらゆらと揺れていた。
部屋の中には鏡台や装飾の付いたテーブルと椅子。あまり家具はないシンプルな部屋だった。
そんな中、部屋の中で一際目立つ存在が天蓋付きのベッド。軽く人が二、三人は眠れそうな大きさだ。
そんなベッドの中で、ロゼッタは静かに寝息を立てていた。室内には彼女以外誰もいない。
室内はまさに静寂に包まれていた。
「ん……」
そしてとうとう、彼女の瞼が揺れた。気だるさを残しつつも、朦朧とした意識の中で彼女は無意識に瞼を押し上げる。
彼女の水色の瞳に真っ先に映ったのは、真っ白な天蓋だった。
「え……?」
見覚えのない光景に、ロゼッタは慌てて上半身を起こした。
驚きで一気に目は覚めた。一度息を吸い、もう一回彼女は自分が今いる場所と周りを見渡す。
だが、よく見渡してもこんな場所知らない。
「ここ、どこ……?」
ただ分かるのは、ここがとてつもなく豪華な部屋だという事。室内の調度品はロゼッタでも高価だと分かる程、立派であった。
今入っているベッドだってそうだ。シーツも掛け具もサラサラと滑らかな手触りをしている。村の教会にいた頃使っていた、ごわごわした毛布とは全然違う。
これが多分絹なのか、とロゼッタは納得した。勿論見た事も触った事もないが、何となくそう思ったのだ。
シーツや掛け具も素晴らしいが、この豪華なベッドも圧巻する程だった。
二枚の幕が天蓋から下がっている。今は支柱に紐で留められているものの、一枚は厚手の生地で光を遮りそうである。二枚目は留められておらず、風に揺れるレース地であった。
天蓋を支える四本の柱は一見細いが、力強く支えている。更によく見てみると、植物の蔦が巻き付いている様な彫金が施されていた。
ベッドだけではない。実にシンプルに見える部屋だが、他の調度品にも細かい彫金がされている。植物をモチーフにした物が多い様だ。
テーブルの上には花瓶に切り花が生けられていた。綺麗な花なのだが、ロゼッタには名前が分からない。
とりあえず彼女はぼんやりとしているのは止め、ベッドから出る事にした。
右足を床にそろそろと下ろす。ひんやりと石の冷たさが足全体に伝わってくる。
「私の靴は……」
辺りをキョロキョロと見渡すが、ロゼッタが村から履いてきた布の質素な靴は無かった。
ふと、ロゼッタは自分の身体を見下ろした。多少は女性らしくなってきた身体が纏っているのは、村から着てきた服ではない。ワンピースの様な白い寝間着。
これまた手触りの良い上等な物だった。裾は膝の辺りで波を描き、上品に揺れる。寝間着にも関わらず、胸元と袖と裾には花の刺繍がされていた。
「どうして私こんなの着て……」
ロゼッタは記憶を手繰り寄せ、眠る以前の事を思い出そうとした。少なくとも、こんな場所に来た記憶はない。
「……そうだ、リカードを森で探してたらルデルト家に見つかって、それで……戦って、どうしたんだっけ……?」
よく覚えているのはリカードが使った火系魔術。剣から放たれた焔が多くの物を飲み込み、彼女も僅かに恐怖した。
だが、それ以降の記憶は曖昧だ。唸って彼女は考えるが、やはりそれ以上は出てこなかった。
「アルとリカードは……どこかしら」
よく状況は把握出来ないが、きっとロゼッタがここにいるならば、彼らもどこかにいるはず。
ただ見知った者がいないというだけで、彼女の心を不安が占めていた。
自分が思っていたよりも、随分と彼らを信頼していたらしい。
そんな自分を不思議に思いながらも、彼女は部屋を出て彼らを探してみる事にした。
「……この格好で大丈夫かな。服も靴もないし……」
部屋をどんなに見渡しても、ロゼッタの服も靴も無いのだ。本来ならはしたない行為だが、ロゼッタは寝間着、そして裸足のまま部屋を出る事にした。
「とりあえず、皆を探してここがどこなのか聞かなきゃ」
不安を紛らわす様に大きな声を出し、部屋の扉を押し開け、ロゼッタは部屋を後にしたのだった。
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