アスペラル | ナノ
2


 ロゼッタは鏡台の前に座らされ、呆然と鏡を見ていた。
 後ろではグレースが器用な手付きで髪の毛を整え、まとめ終えると髪飾りで装飾を施していた。頭が傾きそうな程加重されていくが我慢だ。
 金を使った精巧な台座に真珠、赤や薄桃色の石に金剛石。慣れとは恐ろしいもので、こんな高価な宝石にも慣れてきた。
 しかし、見下ろすと彼女の衣服は一際目立ちそうな程貴婦人とは程遠かった。
 ドレスではなく乗馬に適したパンツスタイル。どちらかと言えばリカード達が着るような軍人の正装に近いものはあるが、かと言って武骨な印象は受けない。白を基調としており、石や女性らしいラインと華やかな作り、施した化粧から清廉な出で立ちだった。
 先の人間の国との戦いでの立役者としては充分に雰囲気のある出来栄えだ。

「姫様、どうでしょう?」

 最高の出来栄えだと自画自賛しながらグレースは問いかけてくる。

「……グレースさんの腕とても良かったわ。見惚れるくらい手際が良かったもの」

「まぁ姫様……おだてたって何も出やしませんよ。でも素材が良いから、飾り甲斐があるってものです」

 そういう意味で聞いたわけではないというのに、ロゼッタは真面目にグレースの腕前を褒めるものだから彼女は苦笑した。世辞や冗談ではなくそんなに真剣に言われたら、グレースも悪い気はしない。

「今日の凱旋、成功すると良いですわね」

 椅子に座ったロゼッタの衣装の裾をしゃがみながら直していたエリノアが微笑む。
 ええ、とロゼッタは力強く頷いた。成功したらいいではない、成功させなければいけないのだ。まだまだ頼りない部分があると彼女自身は思っているが、そんな彼女を国民は待ち遠しく思っている。
 グレースやエリノアも勿論ロゼッタ達と共に本城へ戻る。しかし使用人故に行軍には加わらず、後方から追いかける形で城へと向かうのだ。
 彼女達にとってロゼッタは使用人としては仕える姫君だが、友人や娘に近い感情を抱いていた。だからこそ純粋にロゼッタが無事に王都で凱旋を済ませる事を望んでいた。

「ロゼッタさま、シリルさまとアルブレヒトがいらっしゃいました」

 支度をしていたラナが部屋の扉を開けて入ってきた。その後ろにはシリルとアルブレヒトの姿。

「ええ。準備は出来たわ」

 もう一度鏡で襟を確認してロゼッタが振り返ると、シリルは驚いた表情でその場に立っていた。

「シリルさん……?」

「え、ああ……申し訳ありません、印象が大分変わっていらっしゃるので驚いてしまいました。よくお似合いです、ロゼッタ様」

「そうですか? 変じゃありません?」

 姿見で自分の格好は確認してるが、イマイチ自信が持てないロゼッタは不安げにシリルを見上げる。似合ってない事もないとは自分でも思うが、馬子にも衣装という言葉が頭をかすめるのだ。
 すると、そんな事ありません、とシリルは晴れやかな顔を見せた。

「今日という日を無事に迎えられた事を、臣下として大変嬉しく思います」

 わざとらしい畏まった挨拶にロゼッタは苦笑した。
 しかし、不思議な事に数ヶ月前この三人の出会いから全て始まったのだ。二人に出会った時のロゼッタは思いもしなかっただろう。彼女にこうして、王族となる日が訪れるのを。
 あの時の様に二人はまたロゼッタを部屋まで迎えに来てくれた。
 それを考えると、今こうして三人が集まっているのもまた新たな始まりを予感させる。

「ありがとう、シリルさん。でも今日を迎えられたのも、シリルさんやみんなのお陰よ」

 彼女の登城が決まってから、ずっと準備をしてきたのは彼らだ。それから教養面がまだ足りていない彼女に、最低限の知識や技術を教えてくれたのはシリル達。
 お礼を言わなければいけないのはロゼッタの方だった。

「アルも、いつもありがとう」

 シリルの後ろでずっと黙っていたアルブレヒトにも声を掛けると、ハッとした表情で彼は視線を泳がせた。僅かに頬が上気している様にも見えるが、分かっていない彼女は首を傾げるだけ。
 そんな二人を、シリルはにこにこと見守っていた。

「その……とても、似合う。きれい」

 回りくどい褒め言葉や美しく言葉を着飾らせる事を知らないアルブレヒトにとっては、最大級の褒め言葉だった。

「そう? ありがとう。やっぱこの衣装、刺繍が細かくて綺麗よね。髪飾りのこの赤い石もすごく大きいし」

 しかし、最近周りの者が気付いた事だが、この姫君はどうにも鈍い所がある。今でも彼の言葉を、衣服や髪飾りを指した言葉だと勘違いしていた。
 勿論アルブレヒトはそんなつもりなど無い。大人びて着飾ったロゼッタを褒めたのだ。言葉を変えれば良かったと後悔したがもう遅い。
 だが衣服を褒められて悪い気はしていない。ロゼッタは嬉しそうに笑っており、そんな彼女の笑顔を見て、気持ちは少ししか伝わっていないが彼はどうでもよくなった。

「さて、下で皆が待っています。行きましょう、ロゼッタ様」

「はい!」

 二人に連れられ、ロゼッタは皆が待つ離宮正門へと向かった。

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