アスペラル | ナノ
2


「誰……?」

 シリルの肩越しに見える男を見て、ロゼッタはぽつりと呟いた。彼の言葉から、シリルの知り合いだという事は読み取れる。だが知り合いだからといって、味方とは限らないだろう。

 もし味方でないのなら、かなり厄介な相手と言える。大の男の腕を容赦なく断ち切った男なのだから。
 ロゼッタはシリルを見上げた。後ろにいる男が助けてくれたのだと分かったらしく、彼は振り返る。すると彼の表情が固まった。

「リカード……?」

 どうしてここにいる、と言いたげな表情を彼は浮かべた。ロゼッタがアルブレヒトを見ると、彼もまたシリルと同様の表情。随分と驚いている様であった。
 するとリカードと呼ばれた男は、ふん、と鼻を鳴らすと持っていた剣を鞘に収めた。自然な動作だが、かなり剣の扱いに慣れているのだろう。

 しかし、ロゼッタが一番気になるのは彼の服装。彼が着ているのは黒い、所謂軍服だ。アルセル公国の騎士達もこんな感じの服を着ていた。

「……陛下の勅命で、既に昨日から王都は発っていた。お前らと……」

 ふと、彼はロゼッタに目を留める。ロゼッタは身を固まらせるが、彼は眉間に皺を寄せるだけ。声を掛ける事もない。すぐに視線も元に戻っていた。

「……そこの女を、回収しろとの命令でな」

 今の発言でロゼッタは分かった事がある。理由は知らないが彼はロゼッタに対して良い感情は抱いていない様だ。初対面にも関わらずに、だ。
 女呼ばわりには流石に彼女もむっとした。が、先に反応したのはアルブレヒトの方。リカードに向かって「それは失礼」と睨んだ。

「……ロゼッタ様を女呼ばわり。無礼」

「はっ……ロゼッタ様、か」

 そう言って彼女を見るリカードの紅い瞳は酷く冷たかった。彼女の背筋がぞっとした。たった少し睨まれただけだというのに、かなりの威圧感がある。

「文句なら後から聞いてやる。少し待ってろ。おい」

 リカードが声を掛けたのはいつの間にか後ろに控えていた、数十名の騎士の一団。彼らもまた黒い軍服を纏い、影の様にそこに存在していた。リカードの声に彼らはぞろぞろと出てくる。
 困惑しているロゼッタはシリルを見上げ、説明を求めた。彼は少しずれた眼鏡を元の位置に戻しながら、呟く様に教えてくれた。

「彼らは……アスペラルの王直属の第一師団です」

 その後、リカードの捕らえろという言葉で彼らは一斉に動き出し、ルデルト家の者は皆捕らえられていった。一帯はしばし喧騒に包まれたが、すぐにまた静かな路地へと姿を取り戻していった。


       ***


 ルデルト家の者は騎士団に捕らえられ、そのままどこかへと連れて行かれた。残ったのはロゼッタとアルブレヒト、シリル。そしてリカードという名の男。
 一気に辺りは静かになったが、誰も言葉を発する人はいない。ロゼッタはリカードを見てみるが、彼は目を合わせる事すらない。まさにロゼッタなど眼中に無い様である。

 そこへリカードの部下らしき騎士が一人やって来た。上官である彼に一度敬礼し、用件を述べる。

「……馬車の仕度が整いました」

「ご苦労」

 一言だけぶっきら棒にリカードが返すと、部下は足早にその場を立ち去っていった。

「……馬車の用意が出来たらしい。早く乗れ……今から行けば夜には着くだろ」

「陛下が用意なさったんですか?」

 馬車に向かおうとしていたリカードをシリルの言葉が止めた。彼は立ち止まると、面倒臭そうに振り返る。
 彼から、当たり前だ、という一言が返ってきた。

「……俺が用意するはずないだろ」

 それはロゼッタに対して、という事はすぐに彼女自身も読み取れたのだった。




 そしてロゼッタは荷馬車ではなく、ちゃんとした馬車に乗り込んだ。藁の匂いのする乗り心地悪い荷馬車とは違い、馬車は座る所が柔らかく、荷馬車より振動が少ない。特に金持ちや貴族が乗るものによく似ているからか、居心地悪いわけがないのだ。
 ロゼッタが左端。その隣をアルブレヒトが陣取り、シリルは彼女の向かいに座っていた。そしてリカードはロゼッタの斜め前に、不機嫌そうに座っている。

 彼女達が馬車に乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。この馬車を運転しているのはリカードの先程の部下だ。

 ゆっくりと窓の外の風景が流れ始める。

「……さて、ロゼッタ様にはまだ紹介が済んでいませんでしたね」

 重い沈黙を何とかすべく、話題を出す為にシリルが微笑みながら言った。きっとリカードの事を言っているのだろう。確かにリカードという名前位しか、今までの会話で分かっていない。あとロゼッタに対して良い感情を抱いていないという事位だ。
 シリルは横に座るリカードに自己紹介をする様に促す。彼の表情が更に不機嫌に険しくなったのは言うまでもない。

「……リカード=アッヒェンヴァルだ」

 ようやく喋ったと思ったら、出てきたのは名前だけ。結局それ以上言わず、名前だけ言うとどこか向いてロゼッタを見ようとしなかった。
 すると、アルブレヒトがむっとした表情で向かいにいるリカードを睨んだ。

「リカード、無礼。ロゼッタ様に謝罪を」

「……何でお前はそっちの肩を持つ……」

「さっき、文句は後から聞くと言った。それにロゼッタ様は陛下の子。敬うのは当然」

 今までの旅で、ロゼッタは畏まった様な態度のアルブレヒトしか見ていない。こんなに引き下がらない態度かつ親しそうな態度は初めて見ただろう。
 しかし、よく考えればこの言い争い一歩手前の状況は間接的にロゼッタが原因だ。どうすれば良いのか分からず、彼女は傍観していたシリルを見た。彼女の視線に気付いた彼は短く溜息を吐くと頷いた。

「二人共止めなさい……リカード、ロゼッタ様が陛下の御子であるのは事実です。彼女に不敬な態度をとるという事は、陛下に不敬な態度を取る事と同じですよ」

 彼の言葉にリカードがとうとう黙った。何も言えなくなってしまったのだろう。その目の前では、アルブレヒトが少しだけ勝ち誇った様な表情をしている。
 ロゼッタはというと、逆に居辛くなった雰囲気にこの場を逃げ出したいとさえ思う程であった。

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