アスペラル | ナノ
2


「背筋をしっかり伸ばせ。曲がってるぞ」

「うっ……わかってるわよ」

 馬上のロゼッタはリカードの指摘にバツが悪そうに返事を返した。
 ロゼッタとノアが誘拐未遂に遭った日から三日が経過した。拍子抜けする程あれから何事も起きておらず、今日も平和に離宮の庭で馬術訓練だった。
 訓練用の馬にロゼッタが跨り、その横でリカードがしっかりと馬を抑えている。乗り方が悪いと度々彼に指摘されていた。

「怖がると不安が馬にも移るだろうが。堂々と乗れ」

「そうは言っても……」

 誰かと一緒に乗るのと一人で乗るのとでは大分違う。眺めが良くて気持ちがいいのは分かるのだが、馬が動く度に馬体を挟む両足にも腰にも負担が掛かる。それから腹筋背筋も重要だという事、乗ってみて初めて分かった。
 幸いリカードが丁寧に教えてくれるので続けられているが、一人で馬に乗れる日はまだ先になりそうである。
 リカードは溜息を一つ吐いた。

「……とりあず馬に慣れろ。このまま歩いてみるぞ」

 そう言ってリカードが手綱を握ったまま歩き出すと、馬もついて歩いていく。ロゼッタは振動に耐えるために内股に力を入れ、言われた通りに背筋を伸ばした。
 自分が立った時とは比べようのない程高い目線。風が頬を撫でるのも心地よい。
 リカード達は当然だがいつも悠々と一人で馬に乗っている。羨ましくもあり、格好良いと思う。それに自分だけで乗れるようになったらきっと気持ちいいだろう。いつか一人で乗れるようになろう、とロゼッタは心に決めた。

「そういえば、お前らがこの前捕まえた男達が根城を吐いたぞ」

 手綱を手に、真っ直ぐ前を見つめながらぽつりとリカードは呟いた。
 最初は自分に言われたものだと気付かなかったロゼッタは、少しだけポカンとした後、それが先日の話だとようやく気付いたのだった。
 まさか不安から気を逸らす為の話題にこれを選ぶとは。リカード自身、言った後に話題の選択ミスに少しだけ後悔した。
 彼の言うこの前捕まえた男達、というのはロゼッタ達を誘拐した男達の事だ。至る所に出没しては女子供を攫い、人間の国に売っていた。魔族は奴隷として高く売れるのだ。

「……どうだったの?」

「もぬけの殻だった。捕まった魔族の大半はもう売られたみたいだ。捕まったばかりの子供一人は助けられたが、流石にもう手掛かりすらない」

「そう」

 一人だけでも助けられたと喜ぶべきだろうが、ロゼッタは素直に喜べなかった。きっと彼女が捕まえられる前にも多くの人達が捕らえられ、売られられたに違いないと思うと気分が落ち込んだ。ロゼッタと歳の変わらない女の子も多かっただろう。
 ロゼッタが目を伏せると、リカードは「素直に喜べ」と溜息を吐いた。

「お前らが捕まえなかったら、その子供すら売られていた。助けられた事は誇るべきだ」

「そう、ね。実のところは私も何もしてないんだけど」

 ロゼッタは苦笑した。
 きっかけが自分とはいえ、全て捕まえたのはローラントだった。あのままロゼッタだけであれば、きっと逆に殺されていた。
 ローラントが捕まえたという事実を知っている為か、リカードは少しだけ渋い表情を浮かべた。やはりまだローラントを許す気はないらしい。彼にしてみれば、ローラントが今回の件を解決したという事実はあまり面白くないのかもしれない。

「それと、お前らが言っていた女の行方も追っている」

 話を逸らす様な彼の言葉に、金髪の綺麗な女性がロゼッタの脳裏に浮かんだ。全ての始まりはラインベルで出会ったアダリナという女性。その名前すらもしかしたら偽名かもしれないが。
 警戒心もない自分の軽率な行動を思い出すと、ロゼッタは恥ずかしさと情けなさに苛んだ。

「調べたら色々と出てきた。他にも余罪があったぞ、その女。詐欺やら盗みやら、本当に頭の痛い話だ……」

 部下に命じているだけとはいえ、リカードにしてみれば仕事が増えたという事。それに多くの罪を重ねている犯罪者を野放しにしているという事実は消えない。
 今は離宮から出られないロゼッタは、ただただ一刻も早く捕まる事を祈るだけである。
 ふとリカードが馬上のロゼッタを見上げると、彼女はどんよりとした空気を纏っていた。見事に気落ちしているのが見ただけで分かる。原因は彼なのだが、少し話し過ぎた、とリカードは後悔し溜息を一つ吐いた。
 彼としては単に結果報告をしただけのつもりだったのだ。
 それなのに、ここまで落ち込むとは予想外だった。

「休憩にするか」

「え? 本当?」

 途端に顔をあげるロゼッタ。
 乗馬に飽きていたのだな、とリカードは内心思ったのだが口には出さなかった。

「ほら、手出せ」

 突然リカードが片手を伸ばしてくる。キョトンとロゼッタは彼と彼の片手を交互に見比べ、首を傾げた。

「お前、一人で降りられるのか?」

 リカードは冷ややかな目でロゼッタを見上げる。

「うっ……確かに降りられないけど」

 リカードの言葉は事実なので、ロゼッタは言葉に詰まった。乗る時も彼の手を借りたのだ、実際誰かの手を借りなければ降りられない状況である。
 少し躊躇いがちにロゼッタは彼の手を掴んだのだった。
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