29
正直、元騎士団長のローラントにゴロツキのような攫い屋の男達が敵うはずもなかった。文字通り、あっという間の出来事。赤子の手を捻るも同然だったのだ。
気付けば三人の男達が地に伏せており、ローラントは静かに剣を腰の鞘に収めていた。
その光景を見てロゼッタは安堵した。結果的にはローラントに助けて貰う形となったが、それでもノアを生きてあそこから出すことが出来た。彼女には充分過ぎる結果である。
「ロゼ、掃討完了だ。男三人で全てだろうか」
「え?」
ローラントの言葉に我に返ったロゼッタは目を見張った。
ローラントが手を下したのは三人の男。だがロゼッタが先程対峙していた時は全員で四人いた筈である。そうだ、アダリナという女性がいないのだ、とすぐにロゼッタは気付いた。
「一人、女の人もいたはずよ」
「気付いた時には三人だったが……逃げたのだろうか」
ローラントは小首を傾げる。
多分ね、とロゼッタは頷いた。周りには身を隠せる場所があまりなく、隠れてこちらを伺っているとは思えない。それにローラントのあの動きを見れば勝てないと思ってもおかしくはないのだ。
直感だが逃げたのだろうとロゼッタは思っていた。
追うべきか、彼は尋ねてくる。ロゼッタは少し悩んだ後、首を横に振った。
「深追いは止めましょう。とりあえず私とノアは無事だし、後はリカードやリーンハルトに任せた方がいいわ」
犯罪者を捕まえるのはリカード達の仕事。今はとても微妙な立場にいるロゼッタが表立って動くわけにもいかなかった。
「でもよく私達がここにいるって分かったわね、ローラント」
「シリル殿がルートを三つに絞ってくれたお陰だ。シリル殿もアルブレヒトも今頃二人を探しているだろう。無事でよかった」
「ごめんね、手間を掛けさせて」
探してくれているだろうとは思っていたが、いざ実際に聞くと一層申し訳なくロゼッタは思った。ローラントは気にしていないようだが。彼は安心した様に僅かに口元に笑を浮かべていた。
「……さて、奴らは私がどうにかしておこう。ロゼ、ノアのことを頼む」
ロゼッタの後方にいるであろうノアをちらりと見て、ローラントは二人に背を向けて颯爽と攫い屋の男達の回収に向かった。
彼なりに何かを悟り、気遣ったのだろう。
ずっと黙りこくったノアだが、彼女の後ろにいるので彼女自身は今どうしているのかすら見えない。ロゼッタはそろそろと振り返った。
すると彼女同様、俯いたままノアもまた地面にぺたりと座り込んでいた。
「どうして……姫様は、僕なんか……」
彼女が声を掛ける前に、口を開いたのはノアだった。
風で掻き消えてしまいそうな程か細い声。ロゼッタには肩も微かに震えているように見えた。
目の前のノアは成人した男性というより、幼い頃のノアを彷彿とさせる。勿論、ロゼッタは幼い頃のノアを見たことはない。だが、鎖に繋がれた幼いノアが震えている。彼女にはそう見えた。
「それで姫様が死んだら、意味が無いのに……姫様は、また僕に…………暗闇に戻れって言うのか」
今まで聞いたことないノアの悲痛な声。顔は逸らされ、どんな表情をしているのかはロゼッタには分からなかった。
きっと不器用な彼は涙も流せずにいるのだろう。
ノアにとって、彼女はまさにようやく見付けた光明だった。それを見付けた矢先の事態。自分の死よりもそれをまた見失う事の方が彼にとっては死ぬよりも辛い事だった。
ここでロゼッタがノアを庇って死んでいたら、きっと彼は二度と戻れなかっただろう。
今度こそ真っ暗な世界をただ一人で漂う、それだけの生き方になっていた。
「……お願いだから、僕からまた光を奪わないで……」
ノア自身も驚きだった。ここまで自分が感情を饒舌に言える事、ロゼッタにそれ程傾いている事に。
だが、彼の切実な言葉に偽りはない。
ただただあの時覚えている事は彼女を失うのが恐ろしかった、という事だ。
「お互い様よ、そんなの……私だってノアに死なれたら嫌よ」
途切れ途切れのノアの声とは対照的に、ロゼッタはきっぱりと言い放つ。
ノアを守ろうとしたロゼッタに、ロゼッタを守ろうとしたノア。結局はどちらが先だったかという話。だが、互いに守ろうと大切にする気持ちは何よりも尊いとロゼッタは思う。
ノアは少しだけ目線を上げた。彼女の瞳は迷いも一切ない、真っ直ぐに射抜かれる様な綺麗な瞳だった。
「でも……助けてくれてありがとう、ノア。それからノアが、生きていてくれて良かった」
そんな言葉を言われたのはノアは初めてだった。今までいつ死んでもいいとすら思っていたノア。生きている事を肯定された事もなかった。
彼女の言葉にノアは安堵した。
自分は生きていて良かったのだ、自分はただ存在を誰かに肯定して欲しかったのだ、と。
「帰ろう、ノア。離宮に」
再び笑顔のロゼッタから握られた手。先に立ち上がった彼女は、地面に座り込んだノアを精一杯引っ張り上げてくれた。
今度こそノアはその手を強く握る。この手をしっかり握っていれば大丈夫だと確信した。
そしてノアは目を細めながらもう一度思ったのだ、世界はやっぱり眩しいんだ、と。
21幕END
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