アスペラル | ナノ
2


 その少年はいつも檻の中にいた。

 それは当初彼の意思ではなく、無理矢理入れられたものだった。

 しかしいつの日からか、少年はそれを許容していた。

 あまつさえ少年は自分を家畜と同然だとも思っていた。

 少年はただただ、外の世界が怖かったのだ。


***



 パチッと暖炉の中の薪が爆ぜた。
 微睡んでいた青髪の魔術師――ノアはその音に肩をびくっと震わせ、顔を上げた。半分寝惚けている頭は今現在の状況が読めず、きょろきょろと辺りを見渡すと、いつもと変わらない地下室が広がっていた。
 そうだ、ここは自分の部屋だ。それに気付くと彼は安堵の表情を浮かべた。左胸を手で押さえると、激しく胸が波打っているのが分かる。
 呼吸を何度かして心を落ち着かせると、ノアは椅子から立ち上がった。そして暖炉の中で火にかけられている鉄鍋を覗くと、煮ていた筈の薬品は全て黒く変色していた。焦げ臭いも充満している。

「……焦げてる。作り直しか」

 薬品を煮ている最中に居眠りをしてしまったのはノア。自業自得だろう。
 ノアは溜息を一つ零しながら、のろのろと壁際の棚の引き出しを開ける。この中には薬草など調合に必要な材料が入っていた。
 だが、中身は予想していたよりも大分少ない。一つ、二つ、と数を数えてみると新しく薬品を作るには材料が足りていなかった。残念ながら材料はこの引き出しの中身のみ。

「買い出し、しばらく行ってなかったからか……」

 外出は嫌いだが、たまに出掛けなくては自分の欲しい材料を手に入れる事が出来ない。これだけは使用人に行かせるわけにもいかない。だから極たまにノアは一人で街に出て、薬品の材料を買い溜めをしていた。
 しかし、アルセル公国への遠出など最近色々あったせいで、材料を消費するだけで補充を怠っていた。

「……面倒だなぁ」

 頭を掻きながらぼんやりした瞳で部屋の扉を見る。出来る事ならばこの部屋から出たくはない。しかし、出なければ魔術の研究も出来やしない。
 数秒黙って考えた後、ノアは薄汚れたローブを床に放り投げたのだった。


***



「え? ハルト急に仕事が入って来れないって?」

 ロゼッタの王城への移住が決定して数日後の事、ロゼッタは突然の予定の変更に驚きの声を上げた。
 あれから順調にロゼッタはテーブルマナーや乗馬、ダンスの練習を始めていた。そして今日の午後からはリーンハルトによるダンスの練習の予定だったのだが、彼は仕事で来れなくなったと報せが来たのだ。
 本来ならば仕事を抜けだして来てくれるとの事だった。

「ええ。困りましたね」

 軍師という職務上致し方ないとはいえ、これでは予定が狂ってしまう。
 リカードも仕事で王城におり、乗馬の訓練も出来そうにない。しかも午前はみっちりとシリルからテーブルマナーなどを習っていたばかりである。

「午後もテーブルマナーします?」

「え、それは……」

 ロゼッタの表情が固まる。午前中だけでも疲れたというのに、また午後からも同じ事をするなど、シリルには悪いが正直やりたくない。
 言葉よりも雄弁に語っている彼女の表情を見て、シリルは苦笑した。

「冗談です。では、今日の午後はお休みにしましょう」

 穏やかに微笑んで、彼は持っていた本を閉じた。先程まで使っていたテーブルマナーの教本だ。

「本当ですか!?」

 彼の言葉にぱっと表情を明るくするロゼッタ。ころころと表情が変わっていく彼女に、シリルはくすくすと笑い声を立てた。

「ええ、最近毎日頑張っていらしっしゃいましたし。今日半日くらいお休みにしましょう」

 にっこりと微笑むシリルが、本当に優しくて。大袈裟だが、まるで天使の様だとロゼッタは思う。
 久々にやって来た半日の休み。ロゼッタはこれからの過ごし方に思いを馳せ、嬉しげな笑みを浮かべるのだった。
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