アスペラル | ナノ
2


 カラカラカラッと、馬車が軽快に揺れる。静かな農道を二頭の馬が繋がれた荷馬車が走っていく。それを操るのは麦藁帽子を被った農民で、その荷台には人影が三人分乗っていた。あまり荷が乗っていない荷台には三人は丁度良い大きさで、外をゆっくり眺めながら風を感じていた。
 あれから三人は山道を歩き続け、国境を越えた。そしてアスペラルに着くと、丁度通りかかった農民に荷馬車で途中まで乗せて行って貰う事となった。

「ロゼッタ様。あまり身を乗り出すと危ないです」

「分かってるわ、アル。落ちたりはしないわよ」

 少しだけ荷台から身を乗り出していたロゼッタを、アルブレヒトは心配そうに声を掛ける。実際は無表情そうに見えるのだが、僅かな変化はある。彼は彼でロゼッタを心配しているのだ。
 ちなみに、彼の名前アルブレヒトというのが長ったらしいので、ロゼッタは「アル」と省略する事にした。

 ロゼッタは長い銀髪を風で遊ばせながら、遠くの風景を眺める。目の前に広がるのは畑や何軒かの家だけで、とてものどかで何も無い光景だった。
 彼女は幼い頃から魔族の国は蛮族の国で、とても人の住める所ではないと教えられている。勿論彼女だけではなく、人間全員である。あの教えは嘘だった。この光景を見て、そう思うしかない程アスペラルの風景は綺麗だった。

「アスペラルも、素敵でしょう?」

「えぇ、そうねシリルさん。こんな景色、知らなかった……!」

 興奮した様な呟きに、シリルは嬉しそうに微笑んだ。その横にいるアルブレヒトも嬉しげであった。
 本来ならば彼女にとって、ここが生まれ故郷なのだ。その故郷を好きになって欲しい、という気持ちがアルブレヒトにはあった。この景色を、そしてこの国を好きになってくれれば、きっと彼女はこの国に留まってくれる、そう思ったからだ。

「ロゼッタ様、お腹は空いていませんか?」

「少しだけ減ったわ」

「パンケーキがありますから、食べましょう。アルブレヒト、荷物からお茶も出して下さい」

「うむ」

 アルブレヒトは頷くと荷物と言ってもあまり入っていない皮の鞄から、飲み物の入った筒を出した。それを木製の簡易のコップに注ぎ、ロゼッタに真っ先に渡す。琥珀色の液体がコップの中でロゼッタを映した。
 それを受け取って飲んでみると、甘いお茶だった。しばらく飲み物を飲んでいなかったので、体中に染み渡る様で美味しいと感じた。

「シリルさん、これは何のパンケーキですか?」

 包みの上に置かれたのは茶色のパンケーキ。ふわふわとした外見だが、中には細かく砕かれた何かが混ざられていた。ナッツの様だが、こんな味の物は初めてだ。

「これはコシュというアスペラルにしかないナッツの一種と、蜂蜜のパンケーキですよ。さっき行商人から買った物です。これならロゼッタ様も気に入ると思いましたから」

「うん、美味しい。アルセル公国にはないから気に入ったわ」

 文化も違えば、食文化にも僅かに違いが見られるんだなとロゼッタは思った。この分では、しばらくアスペラルの生活は慣れない事も多いだろう。大変かもしれないが、もう戻る場所もない。頑張るしかない、と彼女は心の中で呟いた。
 ふと、ロゼッタは自分の前にあった包み紙を見た。先程と同じくパンケーキは乗っているのだが、量がどうも……増えている気がする。

「え?増えてる……」

「あ、それはアルブレヒトが……」

 ロゼッタは横のアルブレヒトを見た。確かに彼のパンケーキの量は一気に減っていて、ものの数秒で食べた様には見えなかった。シリルの言う通り、本当に彼が自分の分をロゼッタの分に足したのだろう。

「ロゼッタ様が、美味しい、気に入ったと言ったので」

 だから自分の分も渡したらしい。そんな彼の主君思い過ぎる行動に、彼女は感動を覚えるより先に呆れを覚えた。こめかみを押さえ、この忠犬の様な少年の対処を考えた。

「……アル」

「はい」

 まるで犬の様だがきちんと座り、返事は良い。

「えっと、アルのその優しい所と働き者な所は良いと思うんだけど……自分の分はちゃんと食べなさい。それに、まだ私はその世継ぎとやらになる気はないわ。だから、そんな割れ物を扱うみたいに過保護にしなくていいわ」

「……」

 シュンと元気をなくしたのが、手に取る様に分かる。もし犬の耳があったなら、垂れているに違いない程の落ち込み具合だった。
 そんなアルブレヒトの姿を見て、ロゼッタの良心が痛んだのは言うまでもない。


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