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ロゼッタの目の前でたった今起きた光景に、彼女自身目を疑っていた。
彼女に対して膝を折って恭しく頭を下げているのはローラント。このアルセル公国の騎士……いや、元騎士。そしてロゼッタを捕らえた本人であり、逃亡の手伝いをしてくれている男。
「ロー、ラント……?」
突然の事に叫ぶことも笑うことも最早出来ない。ぽかんと口を半開きのまま、ローラントを眺めていた。
彼女の記憶の中では彼はこういった冗談を言うような男ではない。それに、こんな簡単に他人を主と定めるような軽い性格でもない。少なくとも騎士であることを誇りと思っていたような男である。
彼の性格上、今のは本気と捉えるしかないのだ。
「本気で言ってるの……?」
「ああ、私の望みはただ一つ……我が君に付き従いこの命を全うすることのみ。これより貴方に誠心誠意お仕え致します。我が君の為ならば、この命捨てる事すら厭いません」
面を上げ、ローラントは真剣な表情で告げた。
「ちょっと待って待って待って……」
ロゼッタは額を押さえ、もう片方の手を振る。彼女の頭の中は既にパニック状態だ。
彼の今までの発言を頭の中で断片的に思い出してみると、騎士としてロゼッタを主としたい、忠誠を誓います、誠心誠意付き従いたいなどなど。聞き間違いなどでは決してないことは明白だ。
先程までローラントは友人までとはいかなくても、知人程度だった。そんな彼を従者にしたいとは微塵も思ったことがない。
それに仕えられるという行為自体に、元村娘のロゼッタはまだ抵抗があった。
「落ち着いてローラント……こんな状況だから、焦って変な事を言い出したのよね……?」
「私は至極落ち着いている。先程の言葉に偽りは無い。もう一度言わせて貰うと、私の王は貴方だ」
立ち上がったローラントはしれっと言い放つ。ここで何度も確認するのは意味が無いのだろう。
少し目眩を感じながらもロゼッタは眉を寄せた。
「分かってるの? 私についてくるってことは……アスペラル、つまり魔族の国へ行くってことよ」
この城から脱出出来ればこのアルセル公国に長居するわけにはいかない。彼女は即刻アスペラルへ帰還する予定だ。
つまり、ロゼッタを主にするということは共にアスペラルへ行くことだ。
もし人間が魔族の国へ行っても正体は隠せる。しかし人間だとバレた後が怖い。それには死を伴うだろう。
「国を裏切った私にはもう居場所などない」
「なら、アスペラルじゃなくて他の国でもいいでしょ」
アルセル公国は内陸の国。アスペラルの他に人間の国三国とは隣接している。国外逃亡を図るならば、魔族の国よりは他の人間の国の方が適してると言っていい。
しかし、ローラントは首を横に振った。
「私は貴方に先程忠誠を誓った。最期まで貴方についていくつもりだ。戻れば殺される身……私を見殺しに出来ないなら共に連れて行って欲しい」
「……それ、お願いじゃなくて軽く脅迫よね」
ロゼッタの言葉にどうだろうな、とローラントは珍しく薄く笑う。
どうやら彼はロゼッタの性格をよく把握している様だ。ここで彼女がローラントを見殺しに出来る性格では無いことを。
ロゼッタは溜息を吐きながら頬を掻いた。彼を連れて行くことに躊躇いはある。だが、拒否する言葉が出てこなかった。まんまと彼の作戦勝ちといったところだ。
「……もう、好きにすると良いわ」
投げやりにロゼッタはそう返した。拒否も出来ない、だけど彼は意地でも付いてきそうな雰囲気。
つまりロゼッタに与えられた選択肢は一択。
きっと連れて帰れば皆に怒られるだろう、そんな事を頭の片隅で考えつつも、見捨てるよりもずっとマシだと思えるのだった。
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