13
ローラントは静かに息を吐き、前を見据えた。
まだ衛兵の数はそこそこいる。大分減らしたと思っていたが、減らしても減らしても更に増えるのだから衛兵を倒すことに意味を成していなかった。
しかし、衛兵達も無闇に突っ込んでも死ぬと分かっているのだろう。今は間合いを取り、遠巻きにローラント達と対峙していた。
後ろをチラリと見ると困惑した表情のロゼッタ。宝飾の剣を握り締めたまま、不安そうにローラントを見ていた。
ロゼッタを連れ出し助けた事、それは彼自身最初はすごく不思議な心境だった。
原因はたった一人の少女の言葉。それもつい最近まで村娘で、今は魔族の王位継承者という少女だ。それでも彼女の言葉は深く心に突き刺さったままだった。
(まさか、こうなるとはな……)
きっと彼女の言葉を聞いたあの日から、彼の心は決まっていたのだ。
「……ただ騎士になっても、したい事もなく……憧れていた父と同じ騎士になっても、自分がしている事が信じられなかった」
これはロゼッタに対して一度語った事だ。
父に憧れて騎士になったものの、その父の死後目標が見いだせずにいた。だから父の背中を追うように父の真似事を続けた。きっとここでなら父はこうする、父の考えはこうなる、と。
しかしそれが次第に彼の重荷となり、更に深い迷路へと彼を誘っていた。
気付けば自分が今何処に立っていて、何処に向かっているのかも分からなくなっていた。
「……でも、見付けた」
「なに、を……?」
例えるなら一つの道。よく見ればその道はある意味茨の道かもしれない。それ程人間の彼には厳しいものだった。
しかし、ローラントは多くある道の中であえて彼女が示してくれた道を選んだ。
(多分、惹かれていたんだ)
だがそれは恋慕の類いではない。
自分のすべき事が分からずとも模索し続け、その凛とした眼差しを失わない彼女に惹かれていた。その潔さに憧れの念すら抱いていたのだ。
だからこそ彼はようやく、見付けられた……自分のしたい事を。
ただ、流されて形だけ王に仕えるという道ではない道を。
「……君は言ったな。例え私が騎士で無くなっても、その騎士の志も誇りも残る。だから私は騎士なのだと」
「言ったわ」
ローラントの言葉にロゼッタはこくりと力強く頷いた。
彼の騎士の位が剥奪されれば、世間的には彼は騎士では無い。しかしその志も誇りも他人には奪えはしない。だからこそロゼッタはローラントは騎士だと思った。
ローラントは実直で不器用だが優しく、武勇にも優れて寛容。生粋の騎士だと彼女は思うのだ。
「騎士は王に仕えてこそ騎士だ。だが、もう一度新たな道をやり直せるならば……」
兵を一人斬り伏せ、ローラントは振り向いた。そこには驚いたままの表情のロゼッタがいる。
そんな彼女を見て、ローラントは僅かに苦笑して見せた。
だがすぐに真顔に戻り、彼女を真っ直ぐ見つめた。
「私にとっての王は貴方だ」
だから守り通すというわけではない。
一つの道を示してくれた彼女に惹かれたという理由の他に、ただ純粋にロゼッタという少女の行く末が気になるのだ。
彼女はとにかく今アスペラルの為に何かしたいと言っていた。
真摯で、それでいて純粋なロゼッタ。ただ彼女の見据える先を見届けたいとすら思えた。
「貴方が国の為何かしたいと決意したならば、私もそれを支えよう。貴方が見据える先を私も見てみたいと思えるんだ」
ローラントの視線の先に居るロゼッタはただただ呆然としていた。
「それが今、初めて自分で見付けた道だ。これだけは……自分の意思で決めた。揺らぐことは無い」
言葉を失っている、というのはこういう事なのだろう。固まった彼女を充分困惑させているという自覚は勿論彼にはある。
ついさっきまでローラントはこれでも敵国の将の一人だった。そんな彼がいきなりの「味方宣言」をすれば、誰だってすぐに信じるわけが無い。
しかし後悔は無い。むしろ今は宣言も終わって清々しい気分でもある。
先程の彼の言葉に偽りは無い。全て考えた末に出した結論。
あの日、ロゼッタは彼に「ローラントの貫きたいもの」を問いた。今の彼ならば即答出来る。これが自分の定めた正義なのだと。例え、それが父の道とは相反する道だったとしても。
ロゼッタや兵士が呆然と見つめる中、ただローラントだけが静かにロゼッタへと跪いた。
「永久の忠誠を誓おう……我が君」
end
(13/13)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]