2
まだ朝も早い時刻の事だった。
こんな時間に裏門のが控えめに叩かれたのだ。一晩寝ずの番をしていた門番は重い体を立たせ、成人男性の丁度顔の位置にある扉に付けられた窓――木製の扉で閉じられた人一人分の顔の大きさ程度の窓を開けた。
門番の男が窓から覗くと、そこにはセピア色の髪をした少年とフードを目深に被った男かも女かも分からない人物が立っていた。
「何か用か?」
一見すれば不審な二人組。身構えながら門番は二人組に声を掛けた。
「……自分は、辺境のアルカンタル子爵に仕える者。本日は陛下への書状と、戦の勝利を祈願して、献上品を持って参りました」
独特な喋り口調の少年は、そう言うと胸元から厳重に仕舞われた一通の手紙を取り出した。
門番は少年を爪先から頭の先まで、隈なく観察した。確かに城下町に住んでいる様な少年の出で立ちでは無い。腰には短いが双剣を携え、きっちりとした服装をしている。誰かに仕えている、というのは雰囲気から当たりだろうと思った。
しかし、門番には「アルカンタル子爵」という名前に聞き覚えなかった。また、献上の品を持ってきたと言っているが、彼の周りにはそれらしき荷物は無かった。
「その献上の品はどうした?」
語調を厳しくし門番が尋ねると、少年はちらりと後ろのフードの人物を見た。
「献上品はこれ」
無表情で少年が顎で指したのはフードの人物。フードを被っている上に顔を伏せっているので、全く誰か分からない。
すると少年は意外にも乱暴にフードを彼から取り払った。
中からまず零れ落ちたのはアルセルでは珍しい、深い青の長髪。さらりと長い髪がフードの中から流れた。それから門番は目を奪われたのが白い陶器の様な肌に映える形の良い赤い唇、そして絵画でも見ているかの様なよく整った顔立ち。多分女性が使うお白粉や紅が塗られているのだろう。伏し目がちだが、髪と同じ青い双眸が見えた。
門番が最初見た印象としては美しいの一言に限った。ここまで人間離れした容貌をした者を見たのは初めてである。まだ年若いというのにどこか妖艶さも醸し出していた。
男か女か分からない中性的な雰囲気もまた魅力の一つだろう。
「あれを」
少年がそう促すと、フードを被っていた人物はローブの中から白い腕を出す。その両の手には鎖が巻き付き、腕を拘束していた。
そんな中その人物は自分の二の腕の内側を門番に見せた。正確には、彼の二の腕に刻まれた文字を。
「……なんだ、奴隷階級の魔族か」
「戦の勝利祈願の為の献上品。焼くなり煮るなり、好きにするといい」
二の腕の文字を見た門番の男は眉を顰めた。美人だと思ったものの、相手が魔族だと知り興醒めしたようだった。
しかし、奴隷階級に魔族がいるのは珍しい話でもなく、見世物小屋や金持ちの家などにはまるで家畜の様に扱われる魔族がいることもある。これ程の美貌ならば侍らせるのも一興。また、少年の言葉通り勝利祈願の儀式に使用しても高揚するだろう。
「その書状とやらを見せて貰おうか」
「……これは我が主人が、陛下へ宛てたもの。内容を他者に見せるわけにはいかない」
大の大人を相手にしても少年は一歩も怯まなかった。ぴしゃりと門番の要求をはね退けたのだ。
「これ以上質すことは我が主人への非礼」
「……分かった。入城の手続きを行う、中へ入れ」
少年のどこか堂々とした雰囲気から、門番は疑うのを止めた。
門番がずっと顔を出していた扉の窓は閉められた。その代わり、木製の扉がゆっくりと開かれて先程の門番が招き入れる。
少年、それからフードを被った人物が待っていたのはこの瞬間だった。
(2/13)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]