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アルセル公国の処刑方法は断頭台による斬首。
普段はそう滅多に使われることはない。処刑がまず行われないからだ。
断頭台には約五メートルの柱を二本使うため、時間を掛けて徐々に準備をしていた。時間を掛けるのは罪人に精神的な圧迫を与える為だった。
ロゼッタに対して公式な処刑が通達されたわけではない。しかし、城中に「アスペラルの姫の処刑」の噂は広まり、本人の耳にも容易に届いたのだ。
そして当然この話はアルセル公国騎士団のローラントにも伝わった。
「……陛下はご在室か?」
ローラントは王が今いるらしい執務室へ向かい、扉の両脇にいる衛兵に声を掛けた。彼らは敬礼し頷いた。
だがローラントは王に呼ばれたわけじゃない。彼が自発的にここへ赴き、王への面会を希望したのだった。普段の彼ならば用が無ければ決して近づかなかった。
騎士団長という役職の彼はすぐに厳重な警備を簡単に通ることが出来る。
「失礼します」
端から見れば普段と変わらない面持ちだが、内心彼は緊張していた。
室内は整然としており、書類も綺麗に仕分けされてまとまっていた。王の少々神経質な一面が垣間見れる。
王エセルバートは黙々と仕事をしていた。
「何用か?」
仕事から目を離すことなく、低い声がローラントに掛けられる。
ぐっと右手で拳を作り、ローラントは扉の前から王の前まで歩を進めた。
「……ロゼッタ=グレアの、処遇についてです」
差当たりの無い前置きを置くことに慣れていないローラントは単刀直入だった。
ぴくりと反応を見せた王は目線を彼に上げる。どうやらあの噂はあながち外れでは無いことを、ローラントは確信した。
表情を一切変えず、彼は王を見ていた。
「……それで?」
「ロゼッタ=グレアの処刑はまだ時期尚早過ぎます」
彼の言葉は王の決定に異を唱えるものだった。
普段ならば王の意見に異を唱えるなど無礼、という考えだ。まず異論を唱える者はいないはずだった。
王エセルバートはローラントをもう一度一瞥し、僅かに目を細めた。
「ほう……それは何故だローラント? 臣下達は喜んで賛成したぞ」
大半は本当に喜んで賛成したことが容易に想像出来る。ローラントがロゼッタを捕まえたばかりの時、城内ではロゼッタ……つまりはアスペラル王家の姫の処分を望む声も多かった。
ローラントは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
自分の意見は少数派と言っていい。王に異論を唱えている点を考えても、不利な立場であることは変わりなかった。
「……今彼女を処刑すれば、アスペラルとの戦いが激化するのは明白だからです」
低く唸る様にローラントは呟いた。
アスペラルの姫を処刑、そうすればアスペラル側は徹底的な交戦状態を維持するだろう。だがそれこそ、決して戻れない一歩を二国は歩むことになる。
「彼女の使い道は他にもあります……しかし、処刑では……」
「譲歩の道、の確保が出来ないと言いたいのだろう?」
人質としての方法を提言しようと思っていたところ、エセルバートの言葉に遮られた。
譲歩という単語に、若干の違和感をローラントは覚えた。争わないことに越したことはないが、アスペラルと譲歩した和平を結びたいかと言うと首を傾げるところである。
他の人間同様に魔族に対して深い憎しみがあるわけではない。しかし、今までの戦いで部下を亡くしたことも一度や二度ではない。それは簡単に許せることではないし、許している気もない。
「譲歩など必要無い。この数十年の戦いを終わらせる為にも、世継ぎという悪魔の実は減らしておくに限る」
エセルバートの言っていることは君主として正しい。敵国の世継ぎを減らせば、国が倒れる好機が増える。将来アルセル公国にとって邪魔者になりえる者の芽を摘み取るのも、当然と言えば当然だ。
また、アスペラルの姫を処刑したとすれば王は国内で英雄となり、兵の士気も上がるだろう。
エセルバートの言う事は国の統率者として正しい姿でもあるのだ。
だが、それでもエセルバートに同意出来ないローラントがいた。
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