アスペラル | ナノ
19

 しん、と室内が水を打った様になった。

 一応ここは王の御前。今までのロゼッタの行為は無礼なものに当たるのだろう。
 しかし、彼女はすっきりとした面持ちでエセルバートを見ていた。後悔など微塵も無い。感情に任せた行為だったとしても、あれは本心からの言葉だったと自覚しているからである。

「……あっははははは」

 額を押さえ、エセルバートは王とは思えぬ大きな笑い声を立てた。
 どういった意味の笑いなのか、予測は出来ないが、今の状況は楽観出来るものではない。

「もう少し、賢いと思っていたが……まさか、こうも蛮族の肩を持つとはな」

 後で後悔するぞ、とエセルバートは笑うがロゼッタは首を横に振った。しない、という断言までした。決して後悔は無い。自分の中で最善の行動をとったと自負出来る程だ。
 すると、エセルバートは片手を挙げた。それを合図に数名の兵士がぞろぞろと出てきて、ロゼッタを囲んだ。

「興が削がれた。最早、おぬしに用は無い。連れて行け」

 王の言葉に、周りの兵士達はロゼッタの手錠や腕を力を込めて握るように掴んだ。その痛みに表情を歪めるが、苦痛の声だけは出そうとしなかった。
 文字通り引き摺られるようにロゼッタは円卓から引き離されていく。抵抗しようとしても、男性の力には勝てない。大人しく引き摺られるしかなかった。
 それでもエセルバートは食事を止めることなく、ゆっくりとした動作でワインに口を付けていた。

 しかし、最後にロゼッタは「ロゼッタ=グレアよ」とアルセル王に呼び止められた。周りの兵士達の歩は止まったものの、腕を掴む力は決して緩んだりはしなかった。
 腕を手錠と兵士に拘束されたまま、ロゼッタは王を振り返った。だが姿は毅然としたまま、怯えるような姿は無かった。

「ロゼッタ=グレアよ、いずれ後悔するだろう。儂の申し出を蹴ったことを」

 どこから来るのか分からない自信に、ロゼッタは眉を顰めた。今は彼の言葉に嫌悪の感情しか抱かなかった。
 彼はなかなかに狡猾なのだ。一人他国にいる彼女は確かに心細い思いをずっとしていた。その部分を的確に突き、自分の目的の為に誘った。

「後悔なんてしないわ、絶対」

 悔しかった。だがそれを悟られまいと、ロゼッタは険しい表情でエセルバートを見つめ返した。
 それに、と言葉を区切った。彼女には少しだけ躊躇いがあるのだ。勿論、エセルバートの申し出を蹴ったことではない。
 自然と続こうとした言葉に戸惑いを隠せず、もし皆が聞いたら何と言うだろうかと思ったのだ。きっとアルやシリルさんは喜ぶだろうけど、リカードは怒るかもね、と心の中で苦笑した。

「……それに、私はロゼッタ=エリシャ=シェルム=アスペラルよ」

 だが面を上げて胸を張り、堂々とロゼッタは宣言した。
 これがアスペラルで生きると決めた彼女自身の、ロゼッタ=グレアとの決別の意でもあったのだった。
 しかし彼女の宣言など意にも介さず、たった一言「連れていけ」とエセルバートが言い放つと、ロゼッタは引き摺られるように部屋から連れていかれたのだった。

 連れて行かれる瞬間、扉の外側で命令も無いのに待機していたローラントと目があった。客として招かれた筈のロゼッタが引き摺られていることに驚いているのだろう。
 目を見開く彼を見て、ロゼッタは困ったように苦笑いを浮かべたのだった。



 ロゼッタの退場後、エセルバートはその場で引き続き晩餐を楽しんでいた。

「もう少し使い道があると思ったが……見当違いだったな」

 喉を鳴らしながら、皿の上の肉塊にナイフを突き刺す。その光景は楽しげに見えなくもない。だが、その瞳の奥では剣呑が見え隠れしている。
 彼にとってロゼッタの一番使いたかった道が潰えてしまった。考えれば他にも有効活用法などあるのだが、どれもピンと来ない。
 いや、エセルバートはアスペラルとの長年の戦いを終わらせたかった。だからこそ「人質」などという生ぬるい使い方をしたくないのだ。

「……最期くらい、我が国の役に立って貰うぞ」

 不穏な言葉を呟くと、エセルバートは笑った。
 その言葉の意味をロゼッタが知るのは翌日のこととなる。


end
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