アスペラル | ナノ
14

「ねえ、アルブレヒトお兄ちゃんはロゼッタお姉ちゃんのお友だちなの?」

 いつの間にか終了した鬼ごっこ。今度は子供達と積み木遊びをしていたアルブレヒトは、横にいた女の子からそんな事を聞かれた。
 そんな事を尋ねられたのは初めてで、ロゼッタを友達と思ったこともなかった。
 ぽかんとアルブレヒトは口を開けていた。

「ち、違う……友達、恐れ多い。自分はただの側近」

 アルブレヒトの中ではロゼッタは魔王陛下の愛娘で、未来のアスペラル国王。そんな彼女の友人などと言って良い筈がなかった。
 しかし、そんな二人の事情を知らない女の子は不思議そうに首を傾げていた。まだ十にも満たない歳の彼女には、側近という単語の意味も知らないのだろう。

「お兄ちゃん達ケンカしてるの?」

「う、うむ……」

 女の子が当てずっぽうで言った言葉は、意外にも当たっていた。
 まさか当たるとは思っていなかったアルブレヒトは、まるで自分の後ろめたい部分を見透かされたようで動揺していた。

「ちゃんと『ごめんなさい』って謝ったの?」

 女の子は腰に手を当てて、アルブレヒトを責める様に見上げる。元々子供の扱いなど全く知らない彼は、ううっと戸惑っていた。

「して、ない」

「謝んなきゃダメだよ。二人とも謝ったらケンカは『りょーせいばい』なの」

 きっと彼女は言葉の意味も分からずに、シスターの言っていた事を真似ているのだろう。それでも瞳を輝かせているのは、シスターの言うことを信じ、シスターの言うことは正しいと思っているからだ。
 多分彼女の姿は今までのアルブレヒトと似通っている、と彼自身思った。
 陛下の言うことを信じ、それが彼にとって正しさで、その任務を全うすることが全て。

「……うむ、自分も悪い。だから謝る」

 今になって思い出す、ロゼッタは魔王の娘でもあるが、彼女自身「私は私、ただのロゼッタよ」と言っていたことを。

「お姉ちゃんはやさしいのよ。だから、謝るとちゃんと許してくれるの」

 自分のことのように誇らしげに彼女は言っている。
 まさか、五歳以上歳下の女の子に教えられるとは思っていなかった。
 だが、ロゼッタが優しいことなどアルブレヒトがよく知っている。本人は気付いてないだろうが、魔術を使えないアルブレヒトは救われたこともあるのだから。

 だから守りたいと思った。今は陛下の命令だから、というのは決して関係無い。





「ロゼッタ、水を汲んで来てくれる?」

 その頃教会の一角にある炊事場で、ロゼッタは他のシスター達と夕食の後片付けをしていた。ある程度の年齢になった子供達も皿を拭いたり、食器を片づけたりと手伝っている。
 皿を洗うのには大瓶に貯めた水を使っている。川から水を引いたりはしていない為、村の何箇所かにある井戸で水を汲んで貯めておくのだ。だが、その大瓶の中の水は大分少なくなっていた。
 普段瓶の中には飲み水も生活に必要な水も入れておく。空になったりしたら大変な問題だ。

「いいわよ」

 ロゼッタは笑顔で了承した。離宮に住んでいれば水汲みもしなくていいし、食事の後片付けもしなくていい。だが、村に住んでいた頃は嫌だった作業も、今ではこんな些細な事でも嬉しく思える。
 近くにあった木の桶を持ってロゼッタは教会の裏口から外へと出た。闇夜で暗い村なので、民家の明かりと月の光だけが頼りである。
 一ヶ月離れて暮らしていたが、生活に必要不可欠井戸の場所は体が覚えている。

「こっちは少し肌寒いわね」

 アスペラルを発ち、アルセル公国に近付くにつれて思っていたが夜は随分と寒くなる。アスペラルでは夜でも薄着で過ごせることが多かったが、アルセル公国では何かを羽織りたいと思うほどである。
 体を縮ませながらも井戸に到着し、持っていた桶をロゼッタは足元に置く。そして、井戸の中へ紐のついた桶を下ろした。

 水を汲むために紐を引っ張ろうとしたが、ふとロゼッタは一つの違和感に気付いた。
 先程まで足元は月の光で明るかった。それなのに今は影が出来て暗い。

「?」

 誰かが後ろに立っているというのはすぐに分かった。シスターが手伝いに来てくれたのだろうか、とロゼッタは振り向く。
 しかし直後に腹部への激痛。呻く暇もなく、彼女の体は前に倒れていった。

「……っ!?」

「何故、戻ってきたんだか……あのまま逃げていれば、こうなる事はなかったのにな」

 薄れゆく意識の中、倒れたロゼッタの体を抱き止めながら苦々しく呟く男性の声が彼女の耳に入った。彼女の手にはもう力が入らない。本能的に逃げなくてはいけない、と分かっていてももう体の殆どが動かなかった。
 誰だっけ、と聞き覚えのある声を呆然と聞きながら、ロゼッタは灰色の双眸を見上げて意識を失った。

 そしてオルト村の井戸の前、そこには木の桶だけが残された。


end
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