アスペラル | ナノ
16

 だが、ふふふ、とロゼッタは口元を緩ませた。
 他の三人には予想外の反応だったと言える。まさか、彼女が笑いだすとは思わなかったのだ。彼女の事だから怒ると踏んでいたと言った方が正しいだろう。

「……何だか、すっきりしたわ。ノアらしい理由に納得しちゃったもの」

「酷いな姫様。ここ、笑うとこじゃないよ」

 ロゼッタの言葉に、ノアは大袈裟に肩を竦めてみせた。
 ノアが何かしらの目的を持って、ロゼッタを連れて行く約束をしたのは彼女も知っている。彼が何かしら利益となることはあるのだろう、と漠然とは考えていた。
 だからこそ、本当の目的を知っても彼を責める気は無かった。それに危険な目に遭わせるというのはお互い様な部分もある。ロゼッタは戦争が起きていると知りながらも、彼にそんな国へ連れて行けと言っているのだから。

 もう、彼の手を取った時から全て決心していたのだから、今更揺らぐ気は無かった。

「ごめんなさい、シリルさん。例えノアがそういう目的であっても私は行くわ。私はアルセル公国へ行く、それにノアの目的が有っても無くても関係無いの」

 彼女に迷いなど無い。ただアルセル公国へ行きたい、その一心が彼女を突き動かしているのだろう。
 思っていたよりもずっと厄介だ、とシリルは苦笑した。今までリカードが頑固者だと思っていたが、ある意味彼並みに彼女も頑固かもしれないと。

 すると、次の策をシリルが講じているとノアはくっくっくと喉を鳴らした。

「……思っていたより案外、面白いね姫様は。理由知っても来るんだ」

「だって、ノアの目的は私には関係無いわ。勝手に観察なり研究なりしてると良いわよ。私はアルセルに行かなきゃいけないんだもの」

 自棄になったロゼッタは好きにしろとでも言いたげに、ノアをちらりと見る。
 彫刻のような美しい顔を欲に歪ませる表情は、恐ろしく醜くて、綺麗なものなのだとロゼッタは思った。ここまで欲に素直な人も珍しいものだ。

「そっか、じゃあ僕も期待には応えようかな」

 ロゼッタだけに聞こえる程の小声で呟かれる。最初は彼の言っている意味が分からなかった。
 が、後ろから伸びてきた彼の腕がロゼッタの腰を引き寄せ、喉元に短剣を突き付けた瞬間分かった気がした。腰の彼の腕は左程力は入っていない。抱き寄せる程度の本当に少ない力だろう。
 だが喉の短剣は本物。確かめたわけではないが、肌に触れるか触れないかのところにあるせいか、何となくそれは本物な気がしたのだ。だが彼のことだ。何か考えがあってこういう行動に移したのだろう。ロゼッタは大人しくしていることにした。

「ロゼッタ様……!」

「おっと、弟は動かないでね。文官さんもだよ。武器には触れないで」

 双剣を掴み今にも飛び掛かりそうだったアルブレヒトを、ノアの冷静な声が制止させる。そう言われてはノアもアルブレヒトも動く事が出来ない。

「もし動いたら……姫様の首、切っちゃうかも」

 ノアは笑いながら言う。静観しているロゼッタにもそれが演技なのか、本気なのか計り知れない部分が多いだろう。

「兄上、何してるか分かってる……?!」

「解ってるよ。こうじゃないと二人は僕の話をちゃんと聞いてくれないでしょ」

 取引しよう、とノアは笑いながら静かに告げた。アルブレヒトやシリル、ロゼッタにさえ彼の真意は読めなかった。

「……内容によります。話してみて下さい」

 話を聞いていたシリルは片腕でアルブレヒトを制しながら、静かに問いた。彼にしては珍しい神妙な顔付きだった。
 ロゼッタはノアの腕の中で、事の行く末を見守っていた。もう彼女がシリル達を説得するのも難しい。こうなったら、ノアに任せるしかないだろう。何を考えているか分からないノアなので、多少は不安が残るが。
 簡単だよ、とノアは言った。

「僕達はアルセルへ行く。文官さん達は姫様を守る為に同行する。これでどう?」

「何を言い出すかと思ったら……」

 お断りします、とシリルはすぐさま提案を拒否した。
 そう簡単にそんな事を許可出来るわけがない。それではノア達にとって有利な条件だろう。むしろシリル達にとってプラスになることがない。

「もう姫様を止めるのは難しいと思ってるんじゃない?」

 確かに二人ともそう思っている部分はある。これ以上説得しても、彼女の心が変わらないだろうとは考えていた。
 否定しない二人に、ノアの唇が薄らと弧を描いた。

「……だから、二人に理由をあげるよ。『姫様は宮廷魔術師によって誘拐されました。よって、文官さん達は二人を追ってアルセル公国まで行きました』こんな筋書きはどう?」

「ノア自身を私達の保身としろ、という意味ですか……どういう風の吹き回しです? 私達が共に行くことで、何か意味があるんですか?」

「別に無いよ。こっちとしては、アルセルへ行ければ誰が付いて来ようが構わないし」

 ロゼッタを取り返されないという自信があるのか、ノアは余裕そうに呟く。
 彼の提示する条件は案外悪いものではない。もしこの条件が無く同行した場合、シリルとアルブレヒトはノアと同罪となり処罰される。だが、この条件ならば「やむを得ず行った」ということになる。つまりは、二人にとって大義名分が出来るのだ。
 最早、ロゼッタを説得する事は不可能。ならば、いっそと同行して守った方が確実な様な気もしてくる。

「どうする?」

 ノアの言葉に、シリルはアルブレヒトを見遣った。二人にとっては難しい判断。本来ならば従者としては彼女をアルセルへ行かせない事が一番なのだろう。
 しかし、観念した様にこくりとアルブレヒトは頷いた。

「……分かりました、私達もアルセルへ同行します」

 シリル、アルブレヒトの両名は観念した様にノアの条件を受け入れたのだった。





 ロゼッタが望む、望まざるとも、次第に彼女を中心として事は大きくなっていく。

 そしてその日、静かに離宮を四人の影が去って行ったのだった。


end
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