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今日のロゼッタの格好はいつものお淑やかな格好ではなく、まるで少年の様な格好だった。
腰まで伸びた銀の髪は後ろで一括りにされ、邪魔にならない様になっている。しかも、女性では珍しく黒いハーフパンツを穿き、白いシャツに深緑のベスト。足元を見れば、動き易い皮の靴。
そんなあまりにも珍しい格好したロゼッタ。彼女の姿は離宮の中庭にあった。後ろには従者のアルブレヒトも。
「遅い!」
そして、ロゼッタとアルブレヒトの視線の先にはリカードが仁王立ちで待っていた。
それを見てロゼッタはあからさまに嫌そうな表情を浮かべたが、そのままリカードの方まで歩いて行った。
何故なら、今日はとうとう剣術の稽古が入っているのだ。
ずっと剣術の稽古を渋っていたリカードだったが、ロゼッタの父親の命令……つまり、アスペラル王から命令されたのだ。無視は出来ない。
そして今日、初の剣術稽古となった。ちなみにロゼッタの意思は無視であり、彼女が望まなくても剣術の稽古はさせられるのだ。父親の意思によって。
尚、彼女の格好を用意したのは女官のグレースである。剣術の稽古用の動き易い服を前々から用意してあったらしい。
「逐一煩い男ね……用意に時間掛かったの」
もしこの場合相手がシリルだったりしたら、彼女は素直に謝っていただろう。だが、相手がリカードだと何故か謝る気がしない。
約束の時間を数分過ぎてしまったのは事実だが。
「五分前行動を心掛けろ」
(……生真面目過ぎる……)
真顔で言い放つリカードに、彼女は頬を引き攣らせるしかない。
最初からこの調子では、先が思いやられて仕方がないロゼッタ。しかし正直言ってしまえば剣術の稽古など興味が無いのだ。特に、教師がリカードならば。
「んじゃ、始めるか……」
そう言ってリカードは動き出す。
初っ端から木製の剣でも振り回すのだろうか、とロゼッタは懸念した。彼女とて普通の少女だ。剣はおろか、木製の稽古用の剣も触った事がない。
「どうするの? 私、剣触った事ないわよ?」
ずぶの素人が剣など触れば怪我しかしないのは、ロゼッタでも承知している。
すると、リカードは彼女を一瞥し、安心しろ、と呟いた。彼にしては珍しい言動である。
「初っ端からそんなモン触らせるか。剣を振るのに、必要な筋肉知っているか?」
「え? 腕力でしょ?」
何でそんな事を聞かれるのだろうか、とロゼッタは不思議そうな表情をしながら答えた。
「正解。というわけで、腕立て百回な」
「は?」
突拍子もないリカードの言葉に、一瞬ロゼッタは耳を疑った。だが、真顔のリカードがこんな所で冗談を言う筈もない。
「言葉の通りだ。ある程度筋力を鍛えないとまず扱えないだろ。腕立てが終わったら、ついでに腹筋も百回な」
「い、いきなり無理に決まってるでしょ!」
今まで身体を鍛えるという事をしたことないロゼッタが、突然腕立てを百回もするのは難しい話である。それに更に腹筋も加えられるとは思ってもいなかった。
「とにかく、いきなりは無理よ!」
当然納得がいかないロゼッタは、不満げにリカードを睨み上げる。彼女の心境としては無理難題を押し付けられている気がした。
「俺は陛下から、お前に剣術を教える様に仰せつかっている。それが嫌なら……とっとと人間の国に帰るんだな」
「なっ……?!」
はっ、とリカードは彼女を見下ろしながら鼻で笑う。
その瞬間、ロゼッタは彼の目的が分かった気がした。つまり彼は彼女がもう嫌だと思うまでしごいて、あわよくば彼女が逃げ帰る様にしたいのだ。
(嫌な奴……!)
どうやらリカードは未だロゼッタの王位を認めていない上に、国から出て行けば良いと思っているようだった。
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