アスペラル | ナノ
2


 今日のロゼッタの格好はいつものお淑やかな格好ではなく、まるで少年の様な格好だった。

 腰まで伸びた銀の髪は後ろで一括りにされ、邪魔にならない様になっている。しかも、女性では珍しく黒いハーフパンツを穿き、白いシャツに深緑のベスト。足元を見れば、動き易い皮の靴。
 そんなあまりにも珍しい格好したロゼッタ。彼女の姿は離宮の中庭にあった。後ろには従者のアルブレヒトも。

「遅い!」

 そして、ロゼッタとアルブレヒトの視線の先にはリカードが仁王立ちで待っていた。
 それを見てロゼッタはあからさまに嫌そうな表情を浮かべたが、そのままリカードの方まで歩いて行った。

 何故なら、今日はとうとう剣術の稽古が入っているのだ。

 ずっと剣術の稽古を渋っていたリカードだったが、ロゼッタの父親の命令……つまり、アスペラル王から命令されたのだ。無視は出来ない。
 そして今日、初の剣術稽古となった。ちなみにロゼッタの意思は無視であり、彼女が望まなくても剣術の稽古はさせられるのだ。父親の意思によって。
 尚、彼女の格好を用意したのは女官のグレースである。剣術の稽古用の動き易い服を前々から用意してあったらしい。

「逐一煩い男ね……用意に時間掛かったの」

 もしこの場合相手がシリルだったりしたら、彼女は素直に謝っていただろう。だが、相手がリカードだと何故か謝る気がしない。
 約束の時間を数分過ぎてしまったのは事実だが。

「五分前行動を心掛けろ」

(……生真面目過ぎる……)

 真顔で言い放つリカードに、彼女は頬を引き攣らせるしかない。
 最初からこの調子では、先が思いやられて仕方がないロゼッタ。しかし正直言ってしまえば剣術の稽古など興味が無いのだ。特に、教師がリカードならば。

「んじゃ、始めるか……」

 そう言ってリカードは動き出す。
 初っ端から木製の剣でも振り回すのだろうか、とロゼッタは懸念した。彼女とて普通の少女だ。剣はおろか、木製の稽古用の剣も触った事がない。

「どうするの? 私、剣触った事ないわよ?」

 ずぶの素人が剣など触れば怪我しかしないのは、ロゼッタでも承知している。
 すると、リカードは彼女を一瞥し、安心しろ、と呟いた。彼にしては珍しい言動である。

「初っ端からそんなモン触らせるか。剣を振るのに、必要な筋肉知っているか?」

「え? 腕力でしょ?」

 何でそんな事を聞かれるのだろうか、とロゼッタは不思議そうな表情をしながら答えた。

「正解。というわけで、腕立て百回な」

「は?」

 突拍子もないリカードの言葉に、一瞬ロゼッタは耳を疑った。だが、真顔のリカードがこんな所で冗談を言う筈もない。

「言葉の通りだ。ある程度筋力を鍛えないとまず扱えないだろ。腕立てが終わったら、ついでに腹筋も百回な」

「い、いきなり無理に決まってるでしょ!」

 今まで身体を鍛えるという事をしたことないロゼッタが、突然腕立てを百回もするのは難しい話である。それに更に腹筋も加えられるとは思ってもいなかった。

「とにかく、いきなりは無理よ!」

 当然納得がいかないロゼッタは、不満げにリカードを睨み上げる。彼女の心境としては無理難題を押し付けられている気がした。

「俺は陛下から、お前に剣術を教える様に仰せつかっている。それが嫌なら……とっとと人間の国に帰るんだな」

「なっ……?!」

 はっ、とリカードは彼女を見下ろしながら鼻で笑う。
 その瞬間、ロゼッタは彼の目的が分かった気がした。つまり彼は彼女がもう嫌だと思うまでしごいて、あわよくば彼女が逃げ帰る様にしたいのだ。

(嫌な奴……!)

 どうやらリカードは未だロゼッタの王位を認めていない上に、国から出て行けば良いと思っているようだった。


(2/29)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -